オルロフ編 第2節 リーの進言
私たちはオルロフへと入った。
レンガ造りの建物が崩れ落ち、地面は
沢山の人が暮らしたであろう場所にはもう、かつての面影はなかった。
瓦礫にまとわりつくように、紫に輝く魔力鉱石の結晶が生まれている。
「酷い有様ね……中東よりヤバいじゃない」
街の惨状にシャオユウが呟く。
その言葉を耳にしながら、私は以前見た夢のことを考えていた。
夢で見たエルドラ姉さんの映像。
あそこで映し出されていたのは、まだ崩壊していなかったオルロフの光景だろう。
かつてこの国では、沢山の人々が暮らしていた。
だがある日、突然現れた災厄の魔女エルドラにより平穏は崩れ去る。
エルドラの魔法は多数の爆発を起こし、街を破壊した。
爆発は地中からガスを溢れさせ、溢れたガスは人々を飲み込む。
それは、魔力が気体へと具現化したものだった。
街中で怪しく輝く魔力鉱石は、その時のガスが年月をかけて生みだした物だろう。
気化したガスが建物の瓦礫や地面に付着し、魔力鉱石の結晶となったのだ。
美しく輝く魔力鉱石に包まれた、破壊された国オルロフ。
異様な光景だった。
「街の北部に向かおう。そこにジャックが居る」
ベネットの言葉に先導され、車は街を駆け抜ける。
しばらくすると、広場へと出た。
そこに、ジャックたち医療チームの車が停まっているのが分かる。
中東で私たちが寄り道した分、ジャックたちの方が先行して進んでいたのだ。
すでに医療チームの皆が何やら作業をしていた。
あれは……テントの組み立てだろうか。
「着いたよ、外に出よう」
ベネットに促され、車から足を一歩踏み出す。
すると、何かを踏む感触と共に、パリンと音がした。
「うわっ、何これ」
驚きのあまり足元を見つめる。
薄い氷のような膜が足元にあり、私が踏んだことで割れたのだ。
「魔力鉱石だよ」
「魔力鉱石? これも?」
ベネットの言葉に私は目を丸くした。
冬に張る薄氷のように魔力鉱石が地面を覆い、踏むとすぐに砕け散る。
魔力鉱石の形状は一定ではないのだと知った。
「よぉ、ずいぶん遅かったな」
声がして振り向くと、ジャックが私たちを出迎えてくれていた。
べネットは「遅くなってすまない」と頭を下げる。
「別に構わねぇよ。どうせまたメグ・ラズベリーが何かやりてぇって言ったんだろ」
「それはそうだけどさぁ……そんな風に言われるのは心外だね。トラブルメーカーみたいじゃん」
「大して違いねぇだろ」
私がむくれていると、「んで、何やってきたんだ?」と質問が飛んできた。
「ちょっと中東を救ってきた」
「あぁ?」
私の言葉に、ジャックは怪訝な表情を浮かべる。
そんな彼の様子を気にせず、私は医療チームの皆へ目を向けた。
「ところで、みんなさっきから何やってんの?」
「ベースキャンプを作ってんだ。オルロフの調査期間は全部で一週間。比較的汚染されていないこの広場に結界を張り、ここを中心に街を探索していく」
耳を疑った。
「たった一週間? 中東も南アジアも二ヶ月は滞在したじゃん」
「土地の性質がぜんぜん違う。ここは魔力の濃度が高く、元々は汚染地域で入ることすら許されなかった場所だ。長期滞在する事で、何らかの影響が体に出るリスクが高まる。全員の安全を考えてのことだ」
すると、そばに居たベネットが「妥当だね」と頷いた。
「ラズベリーも感じているだろう? この土地の異様な魔力を」
「それは、まぁ……」
魔力の濃度がかなり高いのは肌で感じる。
ずっと居ると体に影響が出るというのも、あながち間違いではないだろう。
人の体にも魔力は流れる。
その流れに乱れが生まれれば、精神的な錯乱を起こしたり、肉体にも変化が出る可能性がある。
安全を考えて、とジャックが言うのも無理はないか。
キャンプを作っているこの広場には、駅が隣接していた。
元々は電車が走っていたらしい。
駅は街の建物に比べるとかなり原型が残っている方だ。
「ここはまだ破損が少ないんだね」
私が言うと「いい場所を見つけたね」とベネットは笑みを浮かべた。
「ここなら建物の倒壊を心配する必要はないし、安心して過ごせる」
「魔力鉱石は多少あるがな。周辺の鉱石はベネットに一掃してもらったほうが良いな。万一でも体に触れると厄介だ」
「後でやっておくよ」
そこでふと疑問を抱く。
「魔力鉱石に触れると汚染されちゃうんだっけ?」
「あぁ。超高濃度の魔力の塊だからな。長時間触れると魔力汚染のリスクがある」
「劇物じゃん。そりゃそんなものが街の至るところにあれば、誰も近づかないよね。でも、これだけ魔力鉱石がある場所を探索するのに、防護服もないのはちょっと怖いね」
「その点は、ベネットの結界を使う予定だ。ベネットの結界ならリスクも軽減出来る。少なくとも、大気の安全は確認されているからな。そう怯えることもねぇよ」
「ほえー、さすがベネット」
もはや人力チートが過ぎて何でも出来る便利屋みたいになってる気もするが。
一応、世界第一位の魔導師だよね、この人。
「それでジャック、今後の計画はどうする予定だい?」
「まずは東と西からだな。南は破損が酷い。後回しでもいいだろう」
「北側の被害が比較的マシなのは南が破壊の中心部だからかい?」
「あぁ。元々この広場は街の導線部だったみたいだな。人口は南に集中していたようだ。魔法協会の資料によると、昔はパレードや祭りなんかもやっていたらしい」
「へぇ……」
ベネットとジャックが話しているのを横目に、私は街を観察する。
街並みは北欧諸国と少し似ているだろうか。
レンガやコンクリート造りの建物が多く、高いビルはそこまで多くない。
オフィス街のような機械的な街並みをイメージしていたから、少し意外だった。
この中のどこかに、私の家があるのだ。
私はそれを見つけたいと思っている。
でも、どうやって見つければ良いんだろう。
一週間の調査で、この国の中に存在するたった一軒の民家を。
「心配することないさ、ラズベリー」
私の表情を読んだのか、ベネットが安心させるように笑みを浮かべた。
「オルロフはそこまで大きな国じゃない。君の生まれた場所も、きっと見つかる」
「この国は小国なのに、戦争に何度も加担してきたんですよね」
ベネットは頷いた。
「オルロフは鉄鋼業が盛んな国だった。魔力の影響で資源にも恵まれていたからね。世界に存在する不発弾の半数は、オルロフによって製造されたものだという話もあるくらいだ」
エルドラ姉さんは、戦争に対して深い憎悪を抱いているみたいだった。
彼女は戦争の加害国をいくつも破壊してきた。
だから、兵器を生み出し、間接的に戦争に加担してきたオルロフも壊滅させられたのだ。
エルドラ姉さんもまた、戦争で故郷を焼かれたのかもしれない。
――復讐だった。
――家族を殺されたから。
彼女が私の家に来た時、家族を殺された復讐だと言っていた。
戦争で家族を殺されて、お師匠様の弟子になって。
そして力をつけて、家族のために復讐をした。
容易に想像出来る。
でも、そんな恨みを持っている人を、お師匠様が弟子として受け入れるだろうか。
自分の教えを復讐に使うなんて、お師匠様は決して良しとしないはずだ。
その点が、何だか腑に落ちない。
「メグちゃん」
考えていると、不意に声を掛けられた。
ルナが立っていた。
「ルナじゃん! 何か久しぶり!」
「到着が遅いから心配していたんだ。ほら……その、中東では色々あったし」
「あぁ、ごめんね、心配掛けて。もう大丈夫だから」
ふと、彼女の背後に誰かいると気がつく。
リー君だった。
「あ、ごめんね。実はリーさんがベネットに話があるって言うから、付き添いで来たの」
「私に会いに来たんじゃないんかい」
私ががっくりしていると、「僕に用事だなんて珍しいね」とベネットが言った。
「何の用だい? リー」
「自分を魔法チームのオルロフ探索に加えてください」
リーくんのその言葉に、全員面食らった。
彼がまさかそんなことを言い出すとは。
「急なのは承知してます。お願いします」
「こっちは別に構わないが……」
ベネットがチラリと一瞥する。
視線を向けられたジャックは、「こっちも別に構わねぇよ」と肩をすくめた。
「元々ベースキャンプを張ったのは街に生存者が居た場合、簡易的な治療を施すためだ。だが現状、その可能性は限りなく低いからな。人手の要る現地調査に人員を割いたほうが効率がいい」
「ありがとうございます、ジャック先生」
リーくんが頭を下げる。
「それにしても、君がそんなことを言い出すなんて珍しいね。何か事情でもあるのかい?」
「自分は、学生の頃からオルロフについて調べていました。この場所について、もっと知りたいんです」
「ふぅん……?」
ベネットは少し探るような視線をリーくんに向ける。
その視線から逃れるように、彼は顔を逸らせる。
「ベネット、私も彼の気持ちはよくわかります」
すると突然、どこからともなく現れたヨーゼフが口を挟んできた。
「知識欲は時に人を魅了するものです。彼もまた、探求の魅力にとりつかれた一人でしょう。私は彼の同行に賛成です」
「君が言うと説得力があるね、ヨーゼフ」
ベネットも深く追求するつもりはないみたいで「それじゃあ、そういうことにしておこう」といつもの笑みを浮かべている。
「調査は明日の朝からだ。僕らの調査に、君も参加してもらう。それでいいね? リー」
「はい、もちろんです」
リーくんは、どこかホッとしたように表情を緩めた。
そんな彼の様子に、私は少しだけ違和感を抱く。
「リーさん、そんなにオルロフに興味があったんだ」
ルナは不思議そうな顔をしていた。
「どうなんだろうね……」
滅んだオルロフの街。
リーくんの様子。
一週間のタイムリミット。
いろんな事情が交錯する中、私たちのオルロフ探索は始まろうとしている。
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