中東編 第11節 復讐の先で
ジャックたちと合流出来たのは、次の日の朝だった。
そのころには私の声もすっかり元通りになっていた。
「メグさん、外に居るの、お迎えの方じゃないかしら?」
「あ、はい」
カウサルさんに言われ玄関へと向かう。
夜のうちに連絡して、朝一で迎えを頼んでいたのだ。
ドアを開くと、ガバリと誰かに抱きつかれた。
「バカぁ! 心配したんだからぁ!」
シャオユウだった。
驚いて一瞬身構えたものの、すぐに力が抜ける。
後ろにはジャックやヨーゼフ、それにオズの姿もあった。
「夜起きたらあんたの姿が無くてぇ、ロビーのドアは壊されてるし、何かあったんじゃないかなってぇ……」
涙目でズビズビ洟をすすりながら、シャオユウは私の胸元に顔を埋める。
カウサルさんにもらったシャツが鼻水でぐしゃぐしゃになった。
人の服で顔を拭くな。
その時。不意にカタリと、腰につけていたビンが揺れた。
涙が一粒、ビンに落ちていたのだ。
これって……。
「このバカ七光り! もう勝手にどっか行くの禁止なんだからっ!」
どうやらこのツンデレ娘が流したものらしい。
言葉ではキツイ口調だが、喜んでくれているんだ。
今はそんな彼女が、どこか愛しい。
「シャオちゃん、ありがとね……」
私はそっと、シャオユウを抱きしめる。
すると、私の頭を誰かが撫でた。
ジャックだった。
「バカ、心配させんじゃねぇよ。ルナも、テレスも心配してんだ。後で顔見せてやれ」
「うん、ごめん。ありがと」
「それで、怪我はねぇか?」
「幸いにもね」
私が微笑むと、ヒョコッとジャックの背後から小さな影が二つ、姿を現す。
シロフクロウとカーバンクルだ。
主人のピンチに気づかず、寝てしまっていたのが気まずいのだろう。
気まずそうにこちらをちょこちょこ見ては、なかなか近づいてこない。
それでも私が「おいで」と言うと、二匹は思い切りすり寄ってきた。
「それにしてもよく助かったな」
「うん。この人たちのお陰なんだ」
背後に立っていたカウサルさんと老人を紹介する。
二人と視認したジャックは、深々と頭を下げた。
「本当に感謝する。あんたたちが居なかったら、大切な仲間が取り返しのつかないことになるところだった」
「そんな、頭を上げてください。こちらこそ、この街を助けに来てくれたのに、危険な目に遭わせてしまって申し訳なく思います。それに……」
私とカウサルさんは、ニコリと顔を見合わせる。
「全てはアスラ様のお導きですから」
「はっ?」
怪訝な顔をするジャック。
それが何だかおかしくて、私たちは思わず笑った。
「それでどうする。無事だったとは言え、襲われたんだ。表に出ることに恐怖心があるだろ」
「ううん」
私は首を振った。
「ここで逃げたくない。だから、私も活動に参加するよ」
「そうか」
ジャックはそう言うと、優しい表情を浮かべた。
スピネルに滞在する間、私は街の人たちを助けたり、街にはびこる問題を解決していった。
スピネルの街は荒れ果てていたけれど、意外なことに街の人たちは良い人が多かった。
カウサルさんたちのような親切な人も少なくない。
手伝えばお礼を言ってくれるし、挨拶だってしてくれる。
「ジャック、この街の人たちは、いい人が多いね」
「どこだってそうだ。街にいる奴の九割は善良な市民。だけどたった一割に満たない奴らの悪意が、その街を印象づけちまう」
「そうだね……」
正常だった時、この街はどんな感じだったのだろう。
そんなことを、考えたりもした。
ベネットが戻ってきたのは、スピネルに来て三日ほどしてからだ。
ルナやテラスさんやジャックから、簡単な治療魔法を教えてもらって、ホテルのロビーで復習していた時。
入り口の方から「ラズベリー」と声をかけられた。
見ると見覚えのあるローブ姿の老人が立っていたのだ。
彼の姿は、私を安堵させる。
「ベネット、お帰りなさい。アボサムやリー君は?」
「調達した物資を持って、ジャックと合流しているよ。ジャックから話は聞いた。災難だったね。襲われたと聞いて、心臓が止まるかと思ったよ。元気そうで良かった」
「あはは、ご心配おかけしました」
いつもと変わらないように見えるベネットだが、実は内心気が気でなかったのかもしれない。
「精神的なショックはないかい?」
「本音を言えば、まだ怖いです。特に、暗闇を歩く時は」
夜になり、暗くなると不意に視界に浮かぶのだ。
あの日、あの男に連れられた時に見た、暗闇にポッカリと浮かぶ瞳を。
暗闇の中に異様に浮かび上がった、白い目と、その中心に存在する深淵のような暗闇を。
「襲われた時、自分の瞳に絶望が宿るのを感じました。今まで、どんなことがあっても諦めないって決めていたのに、闇に飲まれるような気がしたんです。もしあの絶望を宿したら、もう戻ってこられなかったかも」
「……辛い記憶があるなら、魔法で治療も出来るんだよ」
「いいんです」
私は首を振った。
「覚えておこうと思います。忘れたくないんです」
「どうして?」
「ベネット、この世界には……もっとずっと苦しい目に遭っている人がいるんですよね。私はたまたま助かったけど、きっと助からなかった人もいる。だから、私はあの時の恐怖を覚えておかないとダメな気がするんです。私の魔法は、人の心に触れるものだから」
「君は強い人だね」
ベネットは、どこか慈しむような表情を浮かべた。
「悲しいけれど、確かにこの世界では言葉に出来ないくらい辛い目に遭っている人もたくさんいる。話を聞くだけで気分が悪くなるくらいにね。それでも、ずいぶんマシになった。戦争が減ったんだ」
「そう言えば中東も昔は紛争が多かったんですよね。今では落ち着いたみたいだけど、なくなったのは、何かきっかけがあったんですか?」
「きっかけは、君の姉弟子。災厄の魔女エルドラだよ」
「エルドラ姉さん?」
意外な名前が出てきた。
「中東は昔、石油の利権関係や宗教上の問題で揉めていてね。他国との戦争や、内戦も絶えない場所だった。それに伴う支配、性暴力、差別、人身売買に強制労働。数え切れないほどの問題が起こっていた。だけどその歯止め役となったのが、災厄の魔女エルドラだ」
「どういうことですか? 災厄の魔女エルドラは、最も戦争に加担する魔女だったんですよね」
「確かにそうだ。でも形が違う。エルドラは今までいくつかの戦争に介入し、自分が抑止力になることで戦争を止めてきたんだよ」
「もしかして……オルロフも?」
私の問いに、彼は頷く。
「君には辛い話だけど、オルロフを壊滅に追い込むことで、第三次世界大戦は回避された。諸国にとっても脅威だっただろうね。最先端の兵器を持つ国ですら、たった一人の魔女に敵わなかったんだから」
「だから、エルドラ姉さんは『災厄の魔女』なんですか?」
ベネットは頷く。
彼女の『災厄』は、世界にとっての敵という意味なのだと思っていた。
でも、違うのだ。
魔女エルドラは、戦争の当該国や過激な活動家にとっての『災厄』だったんだ。
エルドラ姉さんは、抑止力だった。
彼女自身が災厄の化身となることで、皮肉にも、この世界にとっての平和に繋がった。
「国家にとって災厄の魔女は生きた核兵器だ。だから今では、懸命な国は戦争を起こさない」
「魔法協会は、エルドラ姉さんに首輪をかけるために七賢人のポストを渡したんですよね」
「表向きはね。でも実際は違う。魔法協会はエルドラの真意を分かっている」
「真意?」
「エルドラは戦争を憎んでいる。平和主義者なんだよ」
「平和……主義者」
信じられない言葉だった。
オルロフを滅ぼした時のエルドラ姉さんは、復讐に飲まれていたと感じていたから。
そんな、何千、何万と殺してきた人が、平和主義者だなんて。
「もちろん、彼女のやり方が正しいとは思わない。特に故郷を滅ぼされた君からすれば、なおさらだ。彼女のやり方で、ラピスの住民のような、罪のない人たちもたくさん死んでいる。だが実際、この世界からここまで争いを減らせたのは、エルドラ以外に居ない」
イヴは人と魔導師を近づけた存在だった。
エルドラは、破壊をもって世界に平穏を与えた存在だった。
全然違うのに、世界に与えた影響はどちらも大きい。
魔法協会がエルドラ姉さんに星の核の制作を依頼した理由が、何となくわかった気がした。
「エルドラ姉さんもまた、イヴさんのように、時代を変える魔女だったんですね」
「それは違うよ。ラズベリー」
「えっ?」
「確かにエルドラの功績は大きい。でも、それは煮えたぎった鍋に無理やり蓋をするような行為なんだ。表には見えなくとも、どこかで代償は出ている。君のように、一人になってしまった人がたくさんいるようにね。絶望では、時代は変えられない。だから君は、君だけは、希望を捨てちゃダメだ」
ベネットの言葉に、私は黙って頷いた。
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