中東編 第7節 乙女の危機②
災厄の中心に行くにつれ、立ち寄る街の情景も変化していった。
石造りの街はビルへと変わり、道路にはアスファルトが増え。
建物は、すっかり木々に侵食されるようになった。
蔦のように根が建物を這い、外壁を剥がし、ドアを壊し、地面を割る。
緑はすっかり消え、代わりに荒れ果てた大地と、木の根も目立つ。
「ここら辺は湖や草原があったのに……」
今は見る影もなくなった光景に、シャオユウが悲しそうな声を出した。
根が道を塞ぐようになり、まともに走れるルートを探すだけでも一苦労。
まるで、大きな震災が起きた後のように思えた。
でも復興は進んでいない。
破壊の樹を取り除くことが出来ず、街はほとんど滅びている。
ただ、そんな場所でも、住んでいる人がいる。
しかし、その顔に生気はない。
目に光が宿らない人が多くなっていた。
私たちは街を巡り、水や資源を届け、医療を提供した。
魔法を駆使して瓦礫をどかしたり、土地も整備した。
破損したものがあれば直したし、トイレの洗浄だってやった。
泥臭いことだって、嫌な顔せずやってきたはずだ。
「ありがとな、魔女のお嬢ちゃん。魔法協会に伝えてくれよ、早くここを助けてくれって」
「うん、伝えとく」
優しい言葉をくれる人もいた。
時折もらえる、そうした人の言葉に励まされる。
だけど。
助けた人達は、誰も笑っていなかった。
誰も彼もが疲れていた。
絶望を感じているんだ。
それがわかった。
そして、そんな人達に、私は何も言えないでいた。
「すっかり遅くなってしまったな」
ベネットと一緒に街の人を助けて回った帰り道。
色々案件が重なって、すっかり遅くなってしまっていた。
陽が傾いて暗くなり始めている。
私たちは足早に宿に向かった。
「ベネット、こっちの道通りません? さっき助けた街の子が、近道だって教えてくれたんです」
しかし私の言葉に、ベネットは心なしか表情を固くした。
「……いや、やめておこう」
「どうしてです?」
「男がいる。五人、待ち伏せしている。多分狙いは君だ」
「私? 何でまた?」
「君に教えてくれた子だろう。この道に君を誘導したんだ。君をだますために。その証拠に、この先は行き止まりだよ」
「そんな……」
南アジアとまた違った形で、中東は過酷だった。
災厄の中心地に近づけば近づくほど、こうした嘘は目立ち。
私たちがやっていることは、無駄に思えた。
でも、諦めたくない。
何で自分がそんなに頑張ろうとしてるのかよくわからない。
私は嬉し涙さえ集まれば良いはずだし、呪いさえ乗り越えられれば目的は果たされる。
その場で取り繕って、良い顔して、弱った人に親切にすれば、涙だって集まるはず。
効率を考えればそうすべきだ。
でも。
それじゃダメな気がした。
移動の合間には、遺跡にも寄った。
遺跡をめぐり、かつてこの地に伝わったという古い言霊を集めていく。
豊穣の大地を生み出した魔導師、アスラの言霊を。
「ヨーゼフのおっさん、これ、言霊じゃない?」
「ったく、おっさんと言うなと何度言えば分かるんだ。……どれどれ【我らの声に】か」
「これで四つ目だね」
アスラの言霊は全部で六つ。
私たちが見つけた言霊は、全部で四つ。
【かつて大地が人を生んだ】
【人は神に語りかけるため】
【言葉を授かった】
【我らの声に】
これが、かつて使われた古い呪文だったらしい。
「これで、あと二個だね」
「妙だな」
「何が?」
「文法が合わない。何か抜けてる」
「じゃあこれが五つ目で、四つ目の言霊を見逃したってこと?」
「そのはずはない……アスラ関連の遺跡はこれまで全て巡ってきたはずだ」
ヨーゼフは手帳に描いた地図を眺める。
ここは災厄の影響で本格的に電波が届かないから、書き写したのか。
「他に遺跡がないなら、どこにあるっていうのさ?」
「うーむ……」
尋ねると、ヨーゼフは黙りこんでしまった。
ボランティア活動に手応えが感じられないなか。
私たちの言霊探しも、すっかり頓挫してしまった。
◯
「もうすぐスピネルだ。災厄の地に一番近い街だね」
移動中の車の中。
ベネットが言うも、誰も返事をしない。
車内の空気は、最悪だった。
何かがあったわけじゃない。
ただ、疲弊していただけだ。
そんな私たちを見て、ベネットは少し悲しそうな笑みを浮かべていた。
「スピネルは今までのどの街より治安が不安定だ。特に女性の単独行動は避けたほうがいい。なるべく全員で行動するんだ。次の街では、僕は君たちを守れない」
「守れないって、どういうことです?」
私が尋ねると、ベネットは「魔法協会からの呼び出しがあった」と答えた。
「次の街では、僕はしばらく皆と別行動をする。と言っても、それほど長い期間じゃない。スピネルを出るまでには戻ってくる。それまでは、ジャックに現場の指揮統括を任せる」
ベネットがいない。
それだけで、皆が一気に不安になるのが分かった。
今まではベネットがいたから何とかなると思えたし、実際何とかなっていた。
次の街が今までで一番の脅威と考えると、彼の後ろ盾がないのはかなり厳しい。
「魔法協会からはスタッフの安全を考慮して、この街は寄らない判断をとっても良いと言われている。不安定な街の情勢もあるし、僕が居ない以上、それは妥当な判断だろう。皆はどうしたい?」
沈黙が満ちる。
「……ジャックたちはどうするんですか?」
私は尋ねた。
「彼らは向かうつもりだ。あの街には今、ほとんどまともに医療が機能していない。助けがいる」
「それなら、私たちだけ逃げ出すわけには行かないでしょ。医療がないってことは、魔法を必要とする人だっているはずです」
「ラズベリーならそう言うと思ったよ。他の皆はどうだい? もちろん、安全第一で考えてくれていい」
ベネットが尋ねると、皆も逡巡した様子を見せながらも、おずおずと頷いた。
私たちは、無力だった。
出来ることより出来ないことの方が多い。
それでも、みんな逃げ出したくないんだ。
やり遂げたい。
そんな意志を感じた。
「じゃあ、決まりだね」
こうして、私たちはスピネルへと向かった。
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