中東編 第6節 乙女の危機①

私たちの旅は、順調に進んでいるように思えたけれど。

ほころびが出始めたのは、突然だった。


遺跡を出た後、次の街へと到着した時のことだ。


石造りの大きな街。

砂漠都市という表現がふさわしい場所。

大きな表通りと、そこから派生する小さな路地が目立つ街だった。


街灯はあるものの、いくつか壊れてついていないものもある。

それを見て、街が正常な状態でないことを知った。


「まったく、誰かさんのせいですっかり遅くなっちゃったわ」

「……」

「何よ、何も言い返さないと私が悪いみたいじゃない……」


シャオユウがバツの悪そうな顔を浮かべた。

遺跡を出てからというもの、ヨーゼフは自分の取ったメモとにらめっこしている。

スマホを手にしながら、地図を見て、何か考えているようだった。


「ベネット、ジャックたちは?」

「もう宿泊施設に着いているみたいだね。さっき連絡がきた」

「怒ってるかな、規律を乱すなって」

「こんなことじゃ怒らないさ」


私たちが話していると、不意に車がガタガタ揺れだす。

整地された道を走っていたはずだが、何でこんなにデコボコなんだ?


「うぇ……!?」


前に視界を向けて驚いた。

地面を、小さな樹の根が沢山走っていたから。


毛細血管が体中に走るように、眼前の広い道を小さな樹の根が埋め尽くしている。


「気持ち悪ぅ……何じゃこれ」

「これが災厄の樹だよ」


ベネットの言葉に「嘘でしょ!?」と驚きが声に出た。


「だってまだ災厄の中心地はずっと先だって……」

「そうだよ。でもこんな遠い街ですら、樹の根が道路まで伸びているんだ」


「災厄の樹はもう死んでるんだよね? じゃあ、もし樹の成長が止まらなかったら」

「この街も、大きな被害にあっていただろうね」


よく見ると、その辺にある高い壁も、ビルにも、電灯にも。

絡みつくように、細かな根が張り付いていた。


街の電灯や建物が破損してしまっているのもそのためか。

走った木の根が壁や地面を痛めているんだ。


「どうして樹を駆除しないんだろ」

「駆除出来ないんだ。樹が硬すぎて取り除けない。それが中東の復興を止めている。それに地表が死んでいるから脆い。下水が走っている場所が崩れたり、地盤沈下や、建物の倒壊も起こっているんだ。中心に行くほど、まともに生活出来なくなってくる」

「そんな……」


この街は電気こそ生きているが、そんな闇を抱えていたのか。

道を眺めても、歩く人の姿は見えない。


「変わったわね」


シャオユウが何気なく呟いた。


「私この街に来たことがあるけど、以前はもっと人通りがあったわ。にぎやかで、外国人にも気軽に接してくれて。ここより大きな街では公園でキャンプする人もいたのに」


「キャンプなんてするんだ?」

「そう言うのが好きな人が多いのよ。今じゃ想像もつかないけど」

「今はみんな、夜に出歩くのが危険だと知ってるからね」


ベネットが深刻な顔を浮かべ、街並みに目を向ける。


「この街の雰囲気は……南米の気配に少し似ているな。窓や建物の入り口に鉄柵があるだろう。以前まではなかったものなんだ」

「何で鉄柵があるんだろ」

「そりゃ襲われないためでしょ」


自分で口にして自覚したのか、シャオユウの顔に、一気に緊張が浮かんだ。

車内に重苦しい沈黙が流れる。


「妙です、ベネット」


不意に、運転していたアボサムが沈黙を破った。


「後ろの車、ずっと着いてきます。角を曲がりましたが、しきりに追いかけてくる」

「分かってる。みんな、念の為、シートベルトを締めとこう」


訳もわからないまま、私たちは言われた通りベルトを締めた。

何が起こっているって言うんだ。


「ねぇ、さっきから徐々に狭い道に入ってない?」


シャオユウが不安そうに口を開く。

そんな彼女にアボサムは「仕方がない」と答えた。


「後ろの車を避けるためだ。路地を縫って、表に出るしか無い」

「もしかすると、徐々に追い込まれているのかもしれないね」


ベネットは顎に手を当て、何か考えているみたいだった。


「アボサム、万一、道を塞がれることがあったら、停車せずアクセルを思い切り踏むんだ」

「しかしベネット、それでは事故になってしまいます」

「大丈夫、車の安全は保証するよ。恐らく、車を停車させるのが彼らの狙いだからね」


どういうことだ?

誰も状況が理解できない。


しかし時は急に訪れた。



前方を遮るように、脇道から車が飛び出してきたのだ。



「うぉっ!?」


慌ててブレーキを踏もうとするアボサムに「アクセルを踏め!」とベネットが叫ぶ。

車内が騒然とした。


「お、おぉぉぉぉ!!」


半ば自棄になったように、アボサムはエンジンを踏み込む。

轟音とともに、私たちの車は速度を上げて前の車に突っ込んだ。


「きゃあ!」とシャオユウが声を上げ、私は「うひぃ」と情けない声を出す。


そのまま車は、大きな音を立てて激突した。

振動が車を襲う。


「止まるな! そのまままっすぐ行くんだ!」

「は、はいっ!」


アボサムは指示通りぐいぐい前方の車を押しやる。

すると、先ほどの背後の車が私たちの背後から迫ってきているのが見えた。

挟み撃ちにする気だ。


背後の車から男が何人か出てきて、こちらの車に迫ってきた。

尋常じゃない空気が流れている。


「この先は表通りだ! そこまで車を押しやる!」


ベネットに言われるがまま私たちの車は走り続け、やがて前方の車を押しやり表通りへと出た。

そのまま逃げるようにハンドルを切り、夜の街を駆ける。


「はぁ……はぁ……危なかった」


アボサムの言葉で、張り詰めた空気が一気に弛緩した。


「何なのですか、今のは」

「強盗だろうね」

「強盗?」


「この街は物資が枯渇している。だからこんな時間に走る外国産の車は格好の的なんだ。いかにも街の情勢に疎くて金を持った旅行者が乗っていると思われる」


マジか……。

私たちの顔に一気に不安が浮かび上がった。

そんな私たちに、ベネットはニッコリと笑いかける。


「夜間に出歩かなければ、基本的には大丈夫だよ。そう怯えるものでもないさ」

「それはそうかもしれないけれど……」


シャオユウは目に見えて青ざめていた。

するとヨーゼフが「すまん」と珍しく弱々しい声を出す。


「私が遺跡に行こうと言ったせいだ。遺跡にさえ寄らなければ……」

「いや、遺跡にはまた行こう」


ベネットの言葉に「え……?」とヨーゼフが意外そうな顔をする。


「遺跡に寄ることは君にとって大切なことなんだろう? さっきからずっとルートを調べてる」


ヨーゼフが熱心に地図を見ていたのは、次の街へのルートに遺跡がないか調べてたらしい。


「それはそうですが……しかし」


ヨーゼフはチラリと、後部座席のオズに目を向ける。

しかしオズはヒラヒラといつものように手を振った。


「僕のことはどーか気にしないで。好きなだけ研究にぼっとーすれば良いんじゃない?」

「うぅ……」

「私も、遺跡に行きたい」


私は言った。


「よくわからないけど、遺跡に寄るのは必要なことのような気がするんだ。知っとかないとダメな気がする。この街の……中東の魔法の歴史を」


その言葉を聞いて、「決まりだね」とベネットは頷いた。


「災厄の中心地までにはいくつか街を経由する。その間、遺跡にも寄るようにしよう」

「しかしベネット。車が傷ついてしまいました。それほど長距離の走行が可能かどうか」


心配そうなアボサムに「それなら大丈夫だよ」とベネットは笑みを浮かべた。


「傷一つついてないはずだからね」

「えっ?」

「事前に強化しておいたんだ」


全員がキョトンとした表情を浮かべる。

どこまで見通して動いていたんだ、この人は。


こうして、私たちの支援活動は、遺跡巡りを兼ねることになった。

でも、皆、言葉にできない不安を感じていたと思う。


そしてそれを、私は身を持って経験することになる。


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