中東編 第2節 旅の仲間と恋模様
数日掛けたドライブもようやく終わりを遂げ、私は車を出た。
広大な土地の乾いた熱気が、車内にいた時以上にムワッと私を包み込む。
「うえー、暑い」
「ホウホウ」
「キュウキュウ」
「君たち元気そうだね……」
体温調整の魔法を掛けているからか、使い魔たちの調子は良い。
一方で私が気温に苦しんでるのは、無駄な魔力消費を避けるために、なるべく温存するようにしているからだ。
どちゃくそ暑い。
「七光り! 荷物降ろすから手伝ってよ!」
「ほいほいさー!」
シャオユウやヨーゼフと一緒に荷降ろしをしていると、後続の車が近くに停まった。
ジャックたち医療チームの車だ。
「ここから病院は近い。各自協力して機材を運べ! 俺は先に行って様子を見てくる!」
相変わらずどこぞのヤクザみたいな調子でジャックは叫ぶ。
しかし医療チームの皆は臆することなく、慣れた調子で「はいっ!」と声を出していた。
この結束感。
ちょっとは
「あ、ルナだ。おーい!」
車内から出てきた人の中にルナが見える。
ルナは私が見ているのに気づくと、手を振ってくれた。
話しかけようと思ったが、ルナはすぐに他のスタッフに呼ばれ行ってしまった。
楽しげに会話に参加しているのが見える。
以前はなかった光景だ。
旅に出てもう二ヶ月以上になる。
今はすっかりチームにも馴染んだらしい。
「メグさんのお陰ですね」
ふと声を掛けられて振り向くと、近くにテレスさんが立っていた。
彼女は穏やかな優しい目で、ルナを見つめている。
「私のお陰って、何が?」
「ルナのこと」
そう言ってそっと笑みを浮かべる。
「元々できる子だったんですけど、気が弱くて引っ込み思案だから。うまくコミュニケーションが取れなかったの」
「あぁ、たしかにそんな感じだったなぁ」
「だけど、メグさんと一緒に行動して変わった。すっかり前向きになれたみたい」
「へー、そうなんだ」
言われてみれば、今のルナは出会った当初よりずっとほがらかだ。
ゼオライトでも、元気がないスタッフに毎日ルナが優しく声を掛けたりしていた。
「ありがとう、ルナを変えてくれて」
「何もやってないけどね。ルナが頑張ったんだよ」
「でも、きっかけはあなたのおかげよ。ジャック先生も喜んでた」
「テレスさんはジャックとは長いんだっけ」
「ええ。ジャック先生は私の新人時代から教えてくれていた人なの。ずっと一緒で、助手をさせてもらってる」
テレスさんの新人時代というと、十年くらい前だろうか。
長寿の人が多い七賢人の中で、ジャックとソフィは妙な延命をせず今の立場を築いている。
それはつまり、彼らがそれだけ短い時間で、数百年も生きる魔女たちに匹敵する成果を出してきたというわけで。
あらためて、化け物じみているなと感じた。
「ジャック先生は、すごい先生よ。何度も魔法医療の歴史を塗り替えた。患者さんのことを第一で考えているし、勉強も努力も惜しまない人なの」
「だから七賢人になれたんだよね」
「えぇ、心から尊敬してる」
ジャックについて語るテレスさんの瞳からは、何か情熱的なものを感じた。
「テレスさんって、ジャックのこと好きだったりする?」
「えぇっ!?」
ボッとテレスさんの顔が赤くなる。
図星らしい。
「ななな、何言っているの! そんな訳ないじゃない! ジャック先生は私の憧れの人であって、そそそんな惚れるとか惚れないとかじゃなくてほら医療的なね?」
「めちゃくそ喋るやん」
「わ、私、用事を思い出したわ! 皆を指示しないと! じゃあまた!」
テレスさんは言うやいなや、逃げるように走り去ってしまった。
その背中を私は見送る。
「七光り、何ニヤニヤしてんのよ」
声を掛けられ、見るとシャオユウが怪訝な顔で立っていた。
「いやね、青春だなぁって思って」
「何言ってんのよ、気持ち悪いわね。さっさと行くわよ」
「ふぁーい」
魔法チームは相変わらず個々の主張が強い。
だけど当初に比べると、少しはマシになったとは思う。
ヨーゼフのおっさんは、今も事あるごとに嫌味を言ってくるけど。
シャオユウは同じ女子として行動をともにすることも多かったからか、すっかり態度も軟化した。
「まぁ、シャオちゃんの口が悪いのは元々っぽいけど」
「あんたにだけは言われたくない!」
私はシャオユウに着いて歩く。
現在地を確認すると、山際の小さな村にいるようだった。
「他のみんなは?」
「オズとヨーゼフは土地の調査。アボサムは荷降ろしと車の点検」
「ベネットは?」
「知らない。ジャックさんと行動してる」
「ふーん……」
遥か遠くまで続く乾いた山肌が視界に入る。
緩やかな山道をずっと登ってきたらしい。
空も広がり、実に広大な景色が広がる。
「めちゃくちゃキレイだなぁ」
被災地に居るはずなのに、そんな呑気な声が出た。
ラピスでは見ることは出来なかった情景。
街のみんなにも見せたいものだ。
村は山沿いに作られた場所だった。
山が切り拓かれ、レンガ造りの家が階段状に立ち並ぶ。
まるで段々畑だ。
どうやら家の屋根が歩道の役割を果たしてもいるらしい。
私たちが歩いているこの道も、どこかの民家の屋根の上のようだった。
すれ違う人が物珍しげに私たちを見たり、挨拶してくれたりする。
気の良い人が多いみたいだ。
表情も明るく見えるし、とても被災しているようには見えない。
見たところ家屋の倒壊などもなさそうだ。
ここで一体何があったんだろう。
やがて水汲み場のような場所に着いた。
透明な水が、石造りの大きな容れ物に溜まっている。
「へぇ、乾燥した場所なのにめちゃくちゃキレイな水だなぁ」
手で触れようとして、シャオユウに「触らないで」と止められた。
「その水、汚染されてるから」
「へあ?」
「水の中の魔力が汚染物質に転化したみたい。何人か中毒者が出てるの」
「えぇ……全然キレイに見えるのに」
「だから厄介なのよ」
シャオユウは、見たこと無い器具を使って、慣れた手つきで水質を調べている。
「シャオちゃんは、水とか詳しいよね」
「誰がシャオちゃんよ」
シャオユウは一瞬ムッとすると、「……水は、私の研究課題だから」と小さく呟いた。
「私の故郷は、元々、水がキレイな場所だった。塩湖っていって、大きな水たまりみたいに、空の風景が地上に映されるの。何時間でも眺められる、美しい場所だった」
「へぇ、素敵だね」
「でも、ある日、水がすっかり濁って、赤く染まってしまった。それは魔力が原因。だから、私は水を戻す方法を探してる」
「そうなんだ……」
「世界に魔力災害が起こるようになったのは、元々は人間のせい。山を崩し、動物を狩り、必要以上に木々を切り拓いた結果、魔力が巡る場所を失い、暴走を始めてる。馬鹿よね。ご先祖様のツケを、何年も先の子孫が払わされてるんだから」
いつか、祈さんが教えてくれた気がする。
人は自分たちが行ってきたことで、自分たちの首を締められているのだと。
シャオユウは、そんな負の遺産から、故郷の美しい風景を取り戻そうとしているんだ。
「戦争で壊された土地、開拓で破壊された自然、工場から流れた化学物質。色んなものがこの星を蝕んだのよ。まったく、いい迷惑だわ」
「でもそのお陰で、便利な暮らしが出来てんだよね」
私は、全部が全部、悪いことだとは思わない。
過去があったからこそ、自然を守ろうとする動きも出ているわけで。
あやまちがあったからこそ、人はやり直そうとしている。
ただ、この星の状況が、それを許さずにいるんだ。
「負けないんだから……。私は絶対に、やり遂げてみせる」
話しながら感情がたかぶったのか、シャオユウは涙目で作業を続ける。
そんな彼女が、何だか愛しく見えた。
「シャオちゃん、抱きしめてあげよっか?」
「い! ら! な! い!」
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