中東編 第1節 死の大地
ちょっと――
ちょっと――
どこか遠くから、人の声が聞こえてくる気がする。
一体誰だろう。
「ほにゃにゃふにゃーん、ふふっ、金のお風呂じゃ、ぐひへへへへ……」
「ったく、どんな夢見てんのよ! ちょっと! 早く起きなさいよ!」
「ふぇっ?」
身体を揺さぶられ、ようやく目を覚ました。
外から射し込む日差し。
車内に響くエンジン音と熱気。
あぁ、ここは車の中なのだと気づく。
私のすぐ隣では、呆れ顔のシャオユウが眉を吊り上げてこちらを睨んでいた。
我ながらすっかり爆睡していたらしい。
「シャオちゃんじゃん。人がいい気持ちで寝てたのに何で起こすのさ」
「誰がシャオちゃんよ。そろそろ着くわよ、次の目的地」
「えっ、やっと?」
その言葉にようやく意識が覚醒した。
南アジアのゼオライトを出て数日。
私は、日がな一日車に揺られる生活が続いていた。
毎日毎日車に揺られ。
夜は近くの街で、少し早い時間に眠りに着き。
また朝になると、一日車に揺られる。
そんな日々が続いていた。
車内で寝るのにもすっかり慣れた。
が、身体がバキバキになるのだけは慣れそうにもない。
私が狭い車内でぐっと伸びをすると、ゴキリゴキリと身体が鳴った。
私は何気なく外を眺める。
目的地が近づくことで変化を期待したが。
しかし、眼前には今までとまるで変わらない乾いた大地が続いていた。
「次の目的地ってどこだっけ」
「何だ小娘、そんなことも知らないのか。どうしようもない奴だな」
反対側の窓際に座っていたヨーゼフが鼻で笑う。
このおっさんの嫌味にもいい加減慣れてきた。
「ヨーゼフのおっさんは知ってんの?」
「誰がおっさんだ! ……ったく。当たり前に決まっているだろう。オルロフまでのルートも確認していないなんて、お前くらいだ!」
「だって何の概要も聞いてないし……」
どうやらこのプロジェクトで私の参加はかなりのイレギュラーらしい。
だからこそ、本来踏んでいるはずの手順をほとんど踏んでいない。
よって何の前情報も持っておらず、知るべき情報をほとんど知らない。
するとそんな私を見かねたのか、ヨーゼフは「次は中東だ」と不機嫌そうに言った。
「へぇ、中東?」
言われてもあまりピンとこない。
私にとっては、南アジア以上に馴染みのない場所だ。
「中東って、結構距離あるよね。なんで車移動してたの……」
「我々はオルロフの調査だけじゃない。支援活動も兼ねている。中東では今、魔力災害が多発しているからな。被災した村を回るんだ」
「さすがおっさんは詳しいね」
「おっさんと呼ぶな、この小娘!」
「ちょっと、うるさいんだけど……。狭いんだから静かにしてよ」
私達に挟まれたシャオユウが迷惑そうに耳を塞いだ。
中東地方。
ゼオライトのあった場所は雨季だったが、北上したここでは乾季に入っているらしい。
私達は、まるで砂漠の中心に居るかのように、乾いた大地を走っている。
「魔力災害かぁ。ゼオライトみたいな感じなのかな」
私がのんびりした声を出すと、シャオユウが呆れ顔を浮かべた
「あんた本当に何も知らないのね。それでも七賢人の弟子?」
「言うて西欧の田舎娘ですけん、堪忍してつかあさい」
「中東が被災しまくってんのなんて割と一般常識の範囲なんだけど……テレビ見てたらいやでも目にするし」
そういえばお師匠様にもっと世間情勢を知れとか言われてた気がする。
こちとら一日中こき使われているのだ。
勘弁して欲しい。
「今、中東は魔力の流れが不安定で、何件も魔力災害が起こってる。それも、南アジアの被災地域とは比べものにならないくらい広い範囲でね」
「何でそんなに中東ばっか災害が起こってんの?」
「原因は、一本の樹だよぉ」
そう言ったのは、オズだった。
後部座席に座った彼は、鮮やかなピンク色の髪を弄っている。
生え替わっても色が変わらないのは、魔力で染めてるのだろう。
パッと見、完全に女子に見える。
「たった一本の樹が、中東の魔力の流れを全て変えたんだなぁ」
「どうやって?」
「樹に魔力が集まりすぎて、樹が変質したんだよっ。それがぁ、周囲百キロメートルの土地を荒廃させて、水を吸い、建物を倒壊させてねぇー。誰も住めなくなる『死の大地』にしてしまったんだなぁ」
「そんな場所にぃ、向かうのかぁ……」
いつの間にかオズの緩い口調が
思考を侵食された私は、振り払うよう首を振った。
そこで、いつかの祈さんの話を思い出す。
ラピスで御神木が魔力に汚染された時。
祈さんは、中東で砂漠を生んだのは、一本の樹だと言っていた。
オズが話しているのは、その樹のことだ。
全然関わりがないと思っていた。
なのに、まさか自分が現地に向かうことになるなんて。
人生とは何が起こるのか分からんものである。
「樹の影響は、年々拡大しててねぇ。樹が原因で狂った魔力の流れが、魔力災害を生み出すきっかけになっててぇ。各地にいろんな形で災害が起きてるんだな。地震、砂嵐、竜巻なんていう風に」
「なるほどねぇ。じゃあ私達がやることって?」
「基本的には同じだよぉ? 水の浄化、土地の調査、家屋の修繕、病気や怪我をした人たちの治療なんてねっ。僕たちは、魔法で出来る手助けをどんどんしてくの」
「今回は被災地が多いから、ゼオライトの時みたいに長期滞在にはならないわね。各地を転々と巡るイメージ」
シャオユウが言葉を継ぎ、私は「ふーん」と空を見た。
その言葉を耳にしながら、何となく思う。
今回もしんどそうだ、と。
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