南アジア編 第8節 無茶は親譲り

「メグ、ルナ。本当にありがとう」


アニクのお姉さんを助け、ようやく容態も落ち着いた時。

彼は私達の手をとり、頭を下げた。


「二人が居なかったら、何も出来ないまま、姉さんを見殺しにするところだった」

「私は何も……。全部メグちゃんのおかげだよ」

「ううん。ルナが居なかったら、こんなに上手く行ってなかったと思う。良かったよ、ホント……」


笑みは浮かべてみるものの、私の言葉の歯切れは悪い。

心の中に、まだ引っかかるものがあった。

私の様子に気づいたのか、ルナが心配そうな顔をする。


「メグちゃん、どうしたの? 浮かない顔して」

「うん。……ねぇ、アニク。お姉さんの他にも、似た症状の人がいるんだよね」

「沢山いるよ。みんな困ってる」

「じゃあ、案内してよ」

「良いの……?」


驚いた様子でアニクが目を丸くする。

そんな彼に私は頷いた。


「出来る限りのことをしておきたいんだ、私は」

「でもメグちゃん、さっきのでかなり魔力を使ったんじゃあ?」

「大丈夫だよ。まだ余力はあるから」


気を使うルナに、私はニッと笑みを浮かべた。

正直言うと、身体の負担はかなり大きい。

でもそれを口にすると、前に進めなくなる気がした。


「ねぇアニク、案内お願いしていい?」

「わかった!」


私とルナはアニクと共に、彼の親族の家を渡り歩く。

アニクの親族は、どの家庭も貧しく、医療費を用意することが出来ない人たちばかりだった。

その家庭を一軒一軒渡り歩き、私達は治療を施した。


ステージⅤや、ステージⅣの患者たち。

アニクの親族は、重症の人が多かった。

患者の家族に協力してもらって、一人、また一人と想いを込め、魔法を解き放つ。

時間は掛かるけれど、着実に、丁寧に、私達は治療を施していった。


誰もが死を覚悟しており、そして誰もが不安を抱えていた。

私が治療出来るのは重症の患者だけだったけれど。

病気が治った時、彼らは皆、泣いて喜んだ。


コトリ。

コトリ。

コトリ。


瓶が震える音が、私の鼓膜を震わせる。


やがて、何時間経ったのだろう。

空がすっかり暗くなった頃。

私はようやく、最後の患者の治療をすることが出来た。


「こ、これで最後だよね……」

「メグちゃん、大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。ちょっと魔力を使いすぎたけど、こんなの一晩寝ればすぐになお……る」


立ち上がると、視界が二重に歪む。

酷い車酔いのような感覚がして、ぐにゃりと景色が渦を巻いた。

立っていられなくなって、倒れそうになった時――


「お疲れ様、ラズベリー」


私の身体を支えてくれたのは、ベネットだった。

後ろには、魔法チームの面々もいる。


「ベネット……どうしてここに?」

「妙な魔力の流れを感じてね。君じゃないかと思った」

「はは……さすが魔法の始祖……」

「メグちゃん! 大丈夫? メグちゃん!」


どんどん意識が薄れてくる。

まるで水の中に潜ったかのように音が濁り、ルナが私の名を呼ぶ声もくぐもった。


視界が徐々に暗闇に包まれ。

私の意識は、そこで途絶えた。


スラム街の人たちを治療している時、奇妙な感覚を抱いたのを覚えている。

重症の患者を治療するのに、その家族に協力をしてもらった。

すると、魔法に想いを込めてくれた家族の感情が、私の中に流れ込んできたのだ。


アニクの時もそうだった。

思い出や、感情や、心の声。

色んなものが、私の脳裏に入ってきたのを覚えている。

その感覚は、以前にはなかったものだ。


あれは一体、何だったんだろう……。


ハッとして、目が覚めた。

意識が呆然として、やがて徐々に覚醒してくる。

見覚えのある場所だった。

ここは……宿泊施設にある私のベッドか。


「起きたかい、ラズベリー」


すぐ横の椅子に、ベネットが座っていた。

一体いつからそうしていたのだろう。


「ベネット、私、どれくらい寝てました?」

「十時間ほどかな。君は魔力を使いすぎて倒れた。そのままだとしばらく動けなくなるからね。少しをしておいたよ」


そういえば以前、ラピスの異界祭りの時も同じような状態になったっけ。

あの時は全身グニャグニャになって動けなくなったけど、今回はだいぶ楽だ。

ベネットの言うのおかげらしい。


何したのかは知らんけど。

変な事はされてないと思う。


「食事を持って来るよ。ついでに君が目覚めたことも伝えておこう」

「あの……ベネット。すいません、色々迷惑かけて」


すると、ベネットはフッと笑みを浮かべた。


「無茶をするのは、師匠譲りかもしれないね」

「そんなに無茶しますっけ、あの人」

「大切な家族のことになると、周りが見えなくなるタイプだよ。悪魔に一人で挑んだり、火の海になった家に飛び込んだりね」

「言われれば、確かに……」


守るべきものを守るために、失うことを恐れない。

お師匠様は、そんな人なのかもしれない。


そこでふと疑問を抱く。

火の海になった家に飛び込む?

そんな姿は見たことがない。


「あの、ベネットさっきのって――」

「ラズベリー、病み上がりで悪いけれど、食事を取って少し休んだら病院に行こう。皆に話しておきたいことがある」

「うぇっ? 話しておきたいこと?」


私が尋ねると、ベネットはゆっくり頷いた。


「君は、君にしか出来ないことをやった。次は僕が、君の働きに応える番だ」


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