南アジア編 第5節 理由
病室を抜け出し、私は女の子を追いかける。
廊下を抜け、人混みを通り過ぎ、出口を出て、辺りを見渡す。
彼女は、外の階段で一人、座り込んでいた。
いまにも、泣きそうな顔で。
「大丈夫?」
声をかけると、相手はハッと顔を上げたあと、私の顔を見て「キャア!」と悲鳴を出す。
「人の顔見て叫ぶとはいい度胸してまんな」
「ご、ごめんなさい……。思った以上に頭のフォルムが大きかったからつい」
「頭のフォルムぅ? 誰がギガヘッドじゃ――」
不思議に思い頭上に手をやると、何やらモフモフした感触にズボリと手が入る。
いつの間にか頭にシロフクロウが乗ってやがったのだ。
「ちょっと、お前のせいで驚かれたじゃん」
「ホゥ……」
私がシロフクロウを睨んでいると、肩に乗っていたカーバンクルが彼女の足元に駆け寄った。
「わぁ、可愛い」
チロチロと小さな舌で、カーバンクルは彼女の靴先を舐める。
先程のシロフクロウとの間抜けなやり取りもあり、少し彼女の表情が緩んだ。
彼女はカーバンクルを抱き上げると、私に返してくれる。
「えっと、あなたは確か、ファウスト様のお弟子さんの……」
「メグだよ。魔法チームに所属してるメグ・ラズベリー。さっきのやりとりが見えちゃって、気になって追いかけてきたんだ」
「見てたんだ……ごめんなさい。見苦しいところ見せちゃって」
彼女はそう言うと、膝を抱えて泣きそうな表情でうつむいた。
私はさり気なく、彼女の隣に座る。
「あなた……ルナだよね? もしかして、参加者の中では一番若い?」
「医療チームでは最年少です。といっても……あなたには負けるけど。一応こう見えても成人はしてて。二十一歳」
「じゃあ私より四つお姉さんかぁ。医療現場に入ったのは最近?」
「どうして?」
「いや、明らかに現場慣れしてなさそうだったから」
私が突っ込むと、ルナはギクリとした表情を浮かべたあと、「現場配属になって半年くらいなの……」と掠れた声でつぶやいた。
「現場配属半年……? ホンマに? このプロジェクトの参加者は、みんな経験豊富な人ばかりだと思ってた」
「アハハ、そっか、そうだよね。普通、そう思うよね」
ルナは乾いた笑いを浮かべると、また地面に視線を落とす。
「希望したんだ」
「希望?」
「うん。小さい頃、私も魔力災害に遭ったことがあるから。少しでも被災した人たちの役に立ちたいと思って」
「えっ?」
ドキッとした。
私以外にも、魔力災害に遭った人が、こうしてここで魔導の道を志してるのか。
ルナは、私と同じなんだ。
「幼い頃、住んでた地域が大規模な魔力災害に遭ったの。幸い家族は無事だった。けど、遠方に住んでた祖父が怪我して、魔力汚染も受けていて。助かる見込みが低かった。そこに、たまたま海外から派遣された医者の先生がやってきて。その人のおかげで助かったんだ」
「それってもしかして……ジャック?」
「うん。……と言っても、ジャック先生は覚えてなかったけど。ただ、それがきっかけでこのプロジェクトに志願したの」
「へぇ、それで参加出来たんだ。すごいじゃん」
しかしルナは、力なく首を振った。
「でも……全然ダメだった。戦場みたいな現場を見たら頭が真っ白になって。何をすれば良いのか分からなくなった。こんなんじゃ、誰も助けられない」
確かに、先程の現場の光景は凄まじかった。
次から次へとやってくる患者。
右から左へと駆けずり回る医療スタッフ。
たくさんの指示や情報が同時に入り込む。
それらを全てキャッチして、瞬間的に判断せねばならない。
失敗すれば、誰か死ぬかもれ知れないプレッシャーと闘いながら。
現場に入って半年の新人には過酷過ぎた。
でも、私からすれば。
あの現場に立つだけでも、偉大なことだと思えてしまう。
そんな私の考えにも気付かず、ルナは続ける。
「ジャック先生は、医療がすごい可能性を持ってるって教えてくれた。たくさんの人を救える可能性があるんだって。だから私も、いつかはジャック先生みたいになりたいって思って、専攻する人が少ない魔法医療を学んだんだ」
魔法を医療に応用する魔法医療の分野はまだまだ発展途上の技術だ。
だからルナのような若い人材は、医療業界から見ても貴重なのだろう。
私がルナを観察していると、不意に彼女も私に視線を向けてきた。
「あの、みんなが噂してたんだけど。メグちゃんがステージⅣ以上の患者の治療法を見つけたって、本当?」
「え? う、うん。一応」
急な質問に、何だかドギマギしてしまう。
すると「やっぱり、すごい人なんだぁ」とルナが感心した様子で私を見つめた。
ここに来てから馬鹿にされっぱなしだったのもりあり、なんだか照れくさい。
「んなことないよ。偶然っていうか、怪我の功名みたいなもん。たまたまなんだ」
「でも、それだけじゃないでしょ? テレスさんも言ってた。あなたが大災害からアクアマリンを助けてくれたって。本当なら全滅しててもおかしくなかったのに、メグちゃんがいたから誰一人死ななかったって」
「それは……私も死にたくなくて、必死だっただけ」
「でも本当にすごいよ。私とは大違い」
ルナは、どこか遠い目をする。
「このプロジェクトに参加して、正直絶望してる。だって、みんな私よりずっとずっとすごい人ばかりなんだもん。私みたいなのは、ここじゃ役に立てないって、そう思っちゃった」
「そんなことないと思うけど……」
何となく、さっき外から病室を見ていた自分の姿と、ルナの姿が重なった。
そっか。
ひょっとしたら、案外みんな、同じなのかもしれない。
このプロジェクトのみんなは、すごい人達だ。
でも、みんな特別なわけじゃない。
きっとみんな、必死なだけなんだ。
要領よく見えても、実は必死で頑張ってる。
ルナも、私も、他のスタッフにも。
そんなに大きな差があるわけじゃないのかもしれない。
「ねぇメグちゃん」
「あん?」
「あなたは、どうしてこのプロジェクトに参加を?」
「私? 私は――」
自分の故郷を見るため。
それから、嬉し涙を集めるため。
だけど、それだけじゃない気がしていた。
私は、治療術も大して使えない。
医師免許も看護免許も持っていない。
専門だった植物学や薬学だって、大学の研究室で学んだ人に比べると、圧倒的に知識で劣る。
だけど、私は。
ただオルロフを訪問するついででここに来たわけじゃない。
嬉し涙を集めるためだけにここに来たわけじゃない。
「私は、自分の知らない世界をたくさん見て、知りに来たんだとおもう」
「知る?」
私は頷いた。
――メグ・ラズベリー、お前は希望を与える魔女になれ。
ジャックの言葉が蘇る。
「私にしか出来ないこと、私が魔女としてやるべきことを、見つけにきた」
「自分にしか出来ないこと……それって、私にもあるのかな」
ルナは、真剣な顔で思考する。
私は、彼女に頷いた。
「たぶん、この世界の誰もが持ってるよ。自分にしか出来ないことを。きっとルナもすぐ見つかる。だって私からしたら、ルナだって十分すごい人だからさ」
「私も?」
「そうだよ。だって二十歳そこいらで魔法医療を学んで、魔法協会のプロジェクトにまで参加して、こんな海外まで来て。自分のやりたいことにどんどん近づいてるじゃん。普通出来ないよ、そんなの」
「そうかな」
「そうだよ」
「……そうだよね。こんなことで、落ち込んでいられないよね」
ルナは呟くと、不意に立ち上がった。
パンパンとお尻の砂を払う。
「ありがとうメグちゃん。何だか元気が出てきた」
「その意気や良し! こんなので絶望するのは早いよ! まだ始まったばっかりなんだからさ! 落ち込むなら千回くらい失敗してから落ち込もうよ!」
「アハハ、千回も失敗したくないな……」
すると。
私達のすぐ目の前に、不意に誰かが立った。
「ねぇ、あんたたち、病院の人?」
立っていたのは、一人の少年だった。
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