南アジア編 第4節 ここは戦場、私は見学

カンファレンスを終え、早速現場に入ることになった。

医療チームが現地スタッフと協力し、各患者の治療に当たる。


「おい、こっちの患者! ステージⅡまで悪化してるぞ! なんで放置されてるんだ!」

「それよりこっちの患者が優先! このままだとステージⅢに入る!」


既に修羅場だ。

かなりの患者数がおり、手が回っていないのだ。

その光景は、どこか戦場を彷彿とさせた。


流石に素人が現場に入るわけもいかず、私はその場で宙ぶらりんになってしまう。

状況をただ見守るくらいしかできない。

何か出来ないだろうかと思ったが、何をしても邪魔になる気がしたし、実際邪魔になるだろう。


私の仕事は、感情魔法を使って魔力汚染者の浄化を行うこと。

ジャックはそう言っていた。

だから、本当はこの中に入らないとダメなはずなんだ。


「この患者、医療魔法がないと手が施せないぞ! テレス!」

「うん、わかった! 治癒術式で身体の抵抗力を高める! 次の患者さんお願い!」


でも、医療現場未経験の私が入れるはずもなかった。

入った瞬間消し炭にされるわ。


私がやって来た治療は、患者に転化術式を構築して体内の魔力に働きかけるものだ。

過剰に摂取してしまった魔力を使って、転生魔法を構築する。

ただ、それはかなりの荒技で、死ぬしか道のない患者に施す起死回生の一手でしかない。


こうした軽症の患者になればなるほど、今の私が取れる手段はなくなってくる。


私はまだまだ未熟なんだ。

アクアマリンを救った英雄だとか、希望を持ってるとか、色々良いように言われてるけど。

実際は全然そんなことない。

それは自分が一番よくわかっている。


私はもっと自分の魔法を進化させないとダメだ。

そして、いつかは軽症の人達にも、安全に治療できるような魔法を……。


「何ボケッと突っ立ってんだ」


いつの間にかすぐ側に立っていたジャックに、頭を軽くペシリと叩かれた。

ムッと私は頭を押さえる。


「また何か大それたこと考えてんじゃねぇだろうな」

「だって……私何も出来ないし。ここじゃ役立たずだよ」

「まぁ、お前の魔法はまだこうした軽症の患者には使えねぇな。臨床試験を重ねないと、怖くて使い物にならねぇ」

「じゃあ何で私を呼んだのさ」


これならベネットたちと一緒に街の水質調査におもむいていた方がまだ役に立てた。

そもそも、専門家ばかり集められたこのプロジェクトでは、私の存在はかなり浮いているんじゃないか。


「言っただろ、お前は感情魔法の使い手だ。専門家なんだよ、お前は」

「専門家?」


意外な言葉だった。


「この中のスタッフには、魔法医療を学んでいるやつも居る。でも誰も、感情を魔法に落とし込むことなんて出来ねぇ。あいつらは知識と経験と理論でしか魔法を構築出来ねぇんだ」


ジャックは私の目を真っ直ぐ見つめた。


「お前の感情魔法の力は未知数だ。だからお前には、現場を見せておきたかった」

「現場を……?」

「実態を知らないと、感情なんて沸き起こらないだろ。いざという時、気持ちがついてこなくて魔法が機能しない……なんてことになったら話にならねぇからな」

「それはまぁ、確かに」

「現場を見て、実態を知って、誰かを助けたいという気持ちを強める。それがお前の仕事だ」


感情を魔法に使う。

簡単に言えば、気持ちを込めて魔法を撃つ。ただこれだけだ。

でも、その『ただこれだけ』を安定して行うには、心を整えねばならない。

だからジャックは、見て学べと言っている。


最前線で闘うスタッフじゃない。

ジャックにとって私は、最終兵器なんだ。

でかい魔法しか撃てないけど、その魔法でしか救えない命があることを彼は誰よりも知っているから。


「でも、やっぱり何もせずにボケッと見てるのはだよ」

「じゃあ一つ、仕事でも頼むか」

「仕事?」


私が尋ねると、ジャックは真顔で頷く。


「言ったろ? ステージⅣ以上の患者の行方が気になる」


ジャックは言うと、スマートフォンで街の地図を表示した。


「ステージⅣ以上の患者は自宅療養していると話してたが、あれは自宅療養なんて出来るもんじゃない。治療する奴もいなければ、実情を把握している奴もいないまま、放置されてるんだ。何百もの病人がな。治療が出来ないなら、その患者に待つのは死か、魔物という『災害』になる結末だけ。でもこの現場状況だと、訪問診療をするのは不可能だ」

「その人達を見つけるってこと?」

「あぁ。ただ問題は、その場所だが――」

「おい、ルナ! またかよ!」


その時、ジャックの言葉をかき消すように、室内から怒号が上がった。

医療チームのスタッフが揉めているらしい。

アジア系の男性スタッフが怒っていた。

怒られているのは、まだ若い白人の女の子だ。


「ルナ! さっき麻酔打てって言ったろ! それにこっちの患者! まだ浄化魔法も掛かってないじゃないか!」

「す、すいません。でも……手が震えて上手く出来なくて」


かなりの剣幕で、他の患者の視線も集まっていた。

積み重なってとうとう爆発したのだろうが、この状況はあまりよろしくない。


「まずいな……」


ジャックが呟くように言う。

私はそっと彼の背中を押した。


「いいよ、ジャック。私のことは気にしないで。話の続きは後で聞くから」

「あぁ、すまん。……おい、止めろ! 他の患者が不安がる! 麻酔なら俺が打つ。ルナ、お前はしばらく外で休んでろ。動揺しすぎだ」

「はい……」


ジャックが割って入り、どうにか事なきを得る。

冷静に麻酔を打ち、患者の処置を行う姿に、怒っていたスタッフもすっかり鎮静化していた。

パニック寸前の現場状況だ。かなりイラついていたんだろう。


でもこの様子なら、ジャックの方は放っておいても大丈夫そうだ。

それなら、私は。


「さて、と……」


私は少し小走りで、部屋を出た女の子の後を追いかけた。

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