南アジア編 第3節 限界都市

廊下の端々に座る人の間を抜け、私達は奥のカンファレンスルームへと向かった。


ここに居るのは、私以外全員が医療従事者だ。

何だか居心地の悪さを感じるも、そんなことを気にしている場合でもないなと感じる。


「メグ・ラズベリー」

「何?」


ジャックに呼ばれて顔を上げると、二人の人物が私の前に立っていた。

医療チームのスタッフだ。


一人は金髪の女性。

長い髪の毛を後ろで束ねていて、二十代後半くらいの大人びた美人だった。

パッチリとした二重で、優しい表情をしている。

どこかで見覚えがあるような気がした。


もう一人はアジア系の男性。

短髪で黒髪。

薄い顔立ちで、目つきが細く鋭い。

利発そうな印象で、少し雰囲気が怖い人だ。


二人とも内在する魔力が高かった。

言葉や資格を見ずとも、実力ある魔導師であることはすぐに察しがついた。

この人達もジャックと同じく、魔法医療を学んでいるのだろうか。


「紹介する。俺の助手になる二人だ。こっちの女性はテレス。アクアマリンで何度か会ってる」

「こんにちは、メグさん。またお会いできて嬉しいわ」

「ど、どうも」


何となく握手して思い出す。

確かテレスさんはアクアマリンでシエラの治療にあたっていたスタッフの一人だっけ。

通りで見覚えがあると思った。


「こっちはリー。中国の医者だ」

「どうも。ミス・メグとか、遠回しな呼び方は好きじゃありません。メグって呼びます」

「あ、うん……好きに呼んでよ」


初対面でいきなりメグ呼びか。

恐らく、親しみからそうしたわけではないのだろう。

効率が良いからそうした感じだ。


「テレスとリーはこの旅の間、俺の助手を務める。お前とも絡む機会が増えるから仲良くしてくれ」

「なるほどね?」

「そろそろ着くぞ」


カンファレンスルームに入った。

といっても、都心のオフィスにあるようなオシャレさはない。

少しだけ広い部屋に、長机が並べられただけの殺風景な空間だ。


部屋にはすでに現地の医療スタッフが数名待機していた。

その中から陽に焼けた黒い口ひげの男性が立ち上がり、私達の前に立つ。


「当医院の院長を務めております、カビーアと申します。この度はご足労いただきありがとうございます」

「前置きは良い。悠長にしている時間もないだろう。話してくれ」


ジャックが言うと、カビーアさんは神妙な顔で頷いた。

空気が重い。

深刻な状況なのが、言葉にせずとも伝わってくる。


「数日前、このゼオライトは豪雨に見舞われました。それはただの雨ではなく、魔力に汚染された雨だった。そのせいで、この街は壊滅的なダメージを受けたのです。街の生活水の大半が魔力に汚染され、市民の半数以上が魔力汚染者となりました」


「患者の容態はどうなんだ?」


「院内の患者はステージⅠの軽症者が半数以上……というところでしょうか。ただ、いかんせん数が多い。ただでさえ治療が困難な病です。人も、薬も、設備も。何もかもが足りません。四十八時間寝ずの治療にあたっている医師もいます」


「まずはその医師との交代が先決だな。このままだと患者が増えちまう。ここの医療施設ではどれくらいのレベルまで対処出来る?」


「ステージⅢまでは何とか……。しかし今、現実的に対処出来るのはステージⅡまでです」


魔力汚染の度合いは、しばしばステージで表現される。


ステージⅠは軽症。

ステージⅡは中傷。

ステージⅢは重症。

ステージⅣ以降は死亡率約六割の重篤じゅうとく


ステージⅤに至っては、治療ケースが二件しかない。

その二件は、両方とも私が関わった。

一件はラピスの神木セレナ。

一件は、私がアクアマリンで助けた、シエラという少女。


どちらも、決して楽なものではなかった。

魔法術式を構築して、成功するかもわからない魔法を一か八かで放って。


それでも、セレナの時は私の足が折れたし、シエラは後遺症なしに完治させることは出来なかった。

あれがもう一度繰り返されるのかと思うと、正直震える。


「ステージⅣ以上の患者さんは、病院に何人居るんですか?」


テレスさんが尋ねると、カビーアさんは首を振った。


「一人もいません」

「一人もいない? 本当に」

「はい……」


その言葉に、私はそっと安堵する。

医療チームの他のスタッフたちも、少しだけ表情が緩んだ。


「それなら大丈夫そうですね」


しかし、カビーアさんの顔は浮かない。


「ところがそうでありません。ここに居るのはいずれも汚染レベルの低い患者のみです。ただそれは、病院側で受け入れる患者の選別を行った結果です」

「選別って……どうして?」


私が尋ねると、ジャックが補足した。


「救える命から救う。医療現場では、その選択を求められる」


そっか。

命の選別だ。


今、ゼオライトでは助けられる命に限りがある。

だからこの街は、生存率が高くて若い人を中心に、治療を優先して行わねばならないんだ。


「ステージⅣ以降の患者の人たちはどこに行ったの?」

「はい……。どこの病院にも引き受けてもらえず、自宅療養となっています」

「自宅療養って……」


私は絶句する。

アクアマリンのシエラのような状態の人が、街で放置されているだって?

そんなの、何が起こるかわからないじゃないか。


「ずいぶんとずさんな管理だな。せめて軍の管理する施設で面倒を見るべきだ」


私の言葉を代弁するようにジャックが言う。

しかしカビーアさんは認めなかった。


「彼らは主に貧困層の住民でした。スラム街に住んでおり、特定の住所がない人も大勢います。今のゼオライトの――この国の状況では、彼らを受け入れる余裕はありません」

「じゃあ、死ぬしかないってこと……?」


私は息を呑む。

だがジャックは、それを更に上回る、最悪を述べた。


「メグ・ラズベリー、ステージⅣ以上の患者たちを探せ。死ぬだけならまだマシだ。最悪の場合、魔物と化して大勢死者が出る。何万もの死者がな」


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