第6節 語り部は告ぐ

「あなたがベネット?」


私は目の前の青年を見つめる。

この青年が、あの始まりの賢者ベネット……?

全ての魔法の祖と言われた?


にわかには信じがたかった。

私が以前テレビで見たベネットの姿は、年老いた長い髭を持つ老人だったはずだ。


でも、この人はさっきまで少年の姿をしていた。

それが今は、青年の姿になっている。

あんな風に自分の外見を相手に誤認させる技術を、私は知らない。


すると彼は、私の心を見透かしたかのように「驚くのも無理はないさ」と微笑みを浮かべた。


「僕はね、自分の本当の姿を知らないんだ」

「知らない?」

「正確には、忘れてしまったのさ。もうずいぶんと長く生きているからね」


ベネットはそう言って、どこか遠い目をした。


「周囲からの認識を色んな形に歪める中で、いつしか僕自身が、本当の自分の姿を見失うようになったんだ。本当の僕は、さっきみたいな子供かもしれないし、あるいは老人かもしれないし、若い青年なのかもしれないし、女の子かもしれない」


パッパッと、まるで画面が切り替わるかのように、ベネットの姿が次々と変化する。


少年、青年、太った中年男性、老人、老婆、女性……。


一通り変化した後、やがて彼は青年の姿に戻った。

見たことない謎の技術に、私は圧倒される。


「話は分かりましたけど……どうしてその『始まりの賢者』が子供のフリを?」

「それはね、君に伝達があったからだよ」

「伝達?」


ベネットは優しく微笑みを浮かべたまま頷いた。


「君に、国際魔法協会より一つ依頼が来ている。僕は、その依頼を届けに来た」


国際魔法協会、という単語に、私の心臓の鼓動が跳ねる。

世界で七賢人の称号を制定した、魔法を管理する世界最大の組織。

その魔法協会が、私に依頼……?


「魔法協会は今、あるプロジェクトを企画していてね。そのプロジェクトで、一つ枠に空きがあるんだ。その最後の一人を誰にするかという話になった時、君の名前が出た」

「どうして私の名前が?」

「推薦だよ」

「推薦? 私を? 誰が?」

「生命の賢者って言ったら分かるかな」

「ジャックが……?」


予想外の名前に、私は眉をひそめる。


「今回のプロジェクトにはジャックの参加が決まっている。後は、植物の知識に優れた人が欲しくてね。魔法協会からは英知の魔女の名が上がったが、生命の賢者が君の名を出した」

「祈さんと私って比べ物にならん気がするけど……どうしてジャックが私を?」

「彼なりの目論見があったんだろうね。ただ、タイムリーなことに、魔法協会では君のことも話題にはなっていたんだ」

「話題って……」

「魔力汚染者の治療法の発見、アクアマリンを襲った災厄の回避、そして七賢人永年の魔女ファウストの弟子……。君が果たしたのは、近年の魔法界でも特筆すべき事案だったからね」

「じゃあひょっとして私って、既にすごい魔導師?」

「そう呼ぶには、まだまだ実力不足だね」

「ンゴッ!」


ガクッと体の力が抜ける。

そんな私のリアクションを見て、ベネットは愉快そうに笑った。


「僕は魔法協会に頼まれてラピスに来た。協会が依頼するに足る人物か確かめるために」

「なるほど……」

「それに、僕個人も、君に興味があった」


ベネットは頬杖をつきながら、私の瞳を探るように覗き込んでくる。

引き込まれそうな瞳、端正な顔立ち、ミステリアスな魅力。

何だかドギマギしてしまい、私は思わず顔が熱くなり、身を引く。


「わわ、ワタシにキョウミて、ドウイウコトデスカ」


狼狽しすぎて壊れたロボットみたいな口調になった。

クソッ、これでは田舎町のチョロい小娘であることがバレバレではないか。

しかしそんな私にお構いなしに、ベネットは真剣な声を出す。


「魔女ファウストは魔女エルドラを生んだ張本人だ。エルドラは素晴らしい魔女だよ。そして危険だ。この世界に益をもたらすこともあれば、混沌を運ぶこともある。そして、君がそうならないとは限らない。それを見定めるのが、僕の役目だ」

「私が、混沌を運ぶ魔女になるかもしれないと?」

「その可能性があると思っていたんだけどね。ラズベリー、君なら大丈夫だ」

「……何を根拠に?」

「君は未熟だが、他の誰にもない特別な物を持っている」


彼はそっと、私の顔に手を当てた。

驚きで、一瞬体が硬直する。

でも、嫌な感じはなかった。


「ひと目見て分かったよ。君の瞳には深い光が宿ってる」

「光?」

「君は人に希望を生み出す。そしてその力は、もうすぐ開花する」

「それ金になります?」

「もう少し欲は減らしたほうが良さそうだね……」


ベネットは少しおかしそうに笑った。


「ラズベリー、確信したよ。君はもっと広い世界に出たほうが良い。時間がないなら、なるべく早く」

「私の余命のこと、知ってるんですか?」


しかしベネットは微笑みを浮かべたまま答えない。

何かを知っているのだろうけれど、多くは語らない。

話す気がないのが分かった。食えない人だ。


正直私は、ベネットの話をどう捉えたものか分からずに居た。

魔法協会から私に何らかの依頼が届けられようとしていて、ジャックが私を推薦していて、ベネットが私を評価するために会いに来ていて、魔法協会では私が噂になっていて。

情報量多すぎだろ。


「何かここ最近、こんなことばかりだな……」


話も急だし、わからないことも多い。

謎が全然解けないまま、どんどん流されていく。

ついていけないほどじゃないけど、とにかく目まぐるしい。

口を開けば質問しか出ない。


「それだけ君の運命が大きく動き出したっていうことだよ」

「また意味深な言葉でごまかそうとしている……」


するとベネットは立ち上がり、そっと私に手を差し出した。


「行こう、ラズベリー」




図書館を出て、私達は歩いた。

前方には、ベネットが歩いている。

先程まで目立つローブ姿だった彼の服装は、今ではどこにでもいる若い男性のそれに変化していた。


「これ、どこに向かってんですか?」

「すぐに分かるよ」


ふわふわした受け答えしやがって。

そうは思ったものの、何だか憎めない。

妙な魅力というか、説得力がある人だと思った。


二人して少し歩くと、やがて見覚えのある景色が広がった。

っていうか、この道って……。


「ここだよ、ラズベリー」

「やっぱりウチじゃん」


魔女の森に入った辺りで大体察しはついていたが、変な転送魔法とかで飛ばされるんじゃないかと期待もしていたので、何事も無くて拍子抜けである。


ただ、我が家に戻ってきたのは良いものの、少し様子が違うことに気がついた。

家の前に車が止まっているのだ。


全部で五台。

黒塗りの……田舎町には似つかわしくない高級車だ。


「お客さん……?」

「魔法協会の車だよ」

「魔法協会って、なんで……?」


よく見ると家の入口に黒スーツでサングラスの男性が二人立っている。

SPだとすぐに気がついた。


「ご苦労さま」


彼らは、ベネットの姿を視認すると道をあける。

えらく仰々しいと感じた。

魔法協会から仕事の依頼が届くことは何度もあったが、こんなこと初めてだ。


異変は家の外だけじゃなかった。

家の中に入ると、室内にも数多くの黒スーツの人間がいたのだ。

男女問わず道を作るように左右に立ち、顔はサングラスをかけて無表情。


内側に一般人にはない強い力を感じることから、この人達が魔導師だとすぐに分かった。

それも、一人一人がかなりの実力者だ。


似たような光景を過去にも見たことがあった。

昨年末に行った、魔法式典。

あの特殊な場所でも、こうした雰囲気の人を度々見かけた気がする。


何が起こっているんだろう。

お師匠様は……大丈夫だろうか。

不安に思い、歩調が早くなる。


「ラズベリー、落ち着いて」


ベネットの声が、不思議と私の心を落ち着かせた。

お師匠様の部屋の前にいたSPが、ベネットを視認して脇へどく。

コンコンとノックをはさみ、彼は部屋のドアを開いた。


「失礼」


ベネットと一緒に部屋に入ると、お師匠様の前に男性が立っていた。

見覚えのあるあるおじいさんだ。

誰だろうと思って、すぐに気づく。


国際魔法協会の会長だ。

魔法協会会長が、お師匠様と向き合っている。


どうしてこんな場所に……?

不思議に思っていると、私達を視認したお師匠様が、静かに口を開いた。


「ようやく役者が揃ったってことだね」

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