第7節 帰るべき場所
魔法界のトップの人たちが、こんな田舎町の、こんな狭苦しい部屋に揃っている。
異様な光景だと思った。
普段にはない緊張感に、私は思わず生唾を飲み込む。
「それで、これは一体どういう騒ぎだい? メグまで連れてくるなんてね」
「僕から説明しよう」
ベネットが、いつもの薄笑いを浮かべたまま一歩前に出る。
彼の登場に、露骨にお師匠様の表情が固くなる。
警戒しているのが分かった。
「ファウスト、魔法協会は君の弟子メグ・ラズベリーにプロジェクトの参加を望んでる」
「初耳だね。……内容は?」
「魔力災害被災国への支援と調査。それから、亡国オルロフの調査」
オルロフ……?
ベネットの口から放たれたのは、予想だにしていない名前だった。
驚く私をよそに、ベネットは話を続ける。
「最近、魔力災害の件数が激増しているのは誰もが知るところだ。年々魔法災害はその数と規模を拡大し、自国では対処出来ない発展途上国も増えている。多くの国が、多方面で支援を必要としているんだ。また、魔法災害で滅びたオルロフの土地調査も課題に上がっていてね。そこで、魔法協会に白羽の矢が立った」
「ふん……なるほどね。話は分かったが、どうしてそこでメグの名が出るんだい?」
「それはもちろん、彼女が亡国オルロフの生き残りだからだ」
「えっ……!?」
ベネットの言葉に、魔法協会会長が驚愕の表情を浮かべる。
どうやら会長は、その事実を知らなかったらしい。
「ベネット、今の話は本当なのですか?」
「あぁ。魔女メグ・ラズベリーは亡国オルロフの生き残りだよ。オルロフが滅びたあの日、ファウストが助けた。違うかい?」
「……お前はそう言う話を、どこから仕入れてくるんだい」
「この目で見た、と言えばよいかな。一応、この世界の観測者だからね」
「意地の悪い魔導師だよ……お前は」
薄々予感はしていた。
だけど、確証がなかった。
自分がオルロフの人間だって。
ベネットがオルロフについて書かれた本を私に渡したのは、その事実を私に報せる為だったんだ。
「もし、メグがオルロフの子だとしても。……連れて行く理由にはならないはずだ」
視線を落としながら吐き出したお師匠様の声は、絞り出すようなか細さがあった。
その発言に「それがそうでもないんだ」とベネットは言葉を返す。
「ラズベリーは、魔女としての功績も認められている。今回のプロジェクトは医療を中心に、多分野の知識と技術が要される仕事だ。そこでまず選任されたのが、生命の賢者ジャックと僕。そして僕たちでチームメンバーを決める際、ジャックがメグ・ラズベリーを推薦した」
「馬鹿言うんじゃないよ。その子はまだ修行中の身だ。技術や知識を必要とするなら、祈を選任すれば良い。英知の魔女が適任だ」
「今回のプロジェクトは今後、魔法協会にとって長期的に取り組む活動になる。だからこそ、将来有望な魔導師を参加させ、育成するのが魔法協会の狙いでもあるんだ」
「メグが、その『将来有望な魔導師』ってわけかい」
「おっしゃる通りです」
お師匠様は、ベネットから魔法協会の会長へと視線を移す。
視線を受けた会長は、ゆっくりと口を開いた。
「魔女ファウスト、あなたのお弟子さんがオルロフの生き残りだというのは驚きました。私は、魔導師としてメグ・ラズベリーをこのプロジェクトに参加してもらうつもりだったので……」
「前置きは良い。……話してみな」
「分かりました」
会長は、胸ポケットから手帳を取り出す。
「報告によると、あなたのお弟子さんには多数の魔法の実績が認められています。魔力汚染の治療法の発見。感情魔法の概念の確立。そしてアクアマリンを襲った未曾有の大災害の回避。短期間に、これほどの実績を残したことからも、メグ・ラズベリーには普通の魔女にはない何かがあると言うのが魔法協会の見立てです。そして、生命の賢者ジャックも、魔女メグ・ラズベリーがいれば、本来助けられないはずの人たちを救うことが出来るかもしれないと提言しました」
「それは過大評価さね。ジャックはその子に恩がある。メグの名前を出したのも、奴なりの恩返しのつもりなんだろうさ。魔女として活躍出来る舞台を用意しようとしたんだろう。でも、奇跡をその子に望むなら、それは荷が重すぎるってもんだよ」
「それはどうかな」
ベネットが一歩前に出て、そっと私を一瞥する。
「ジャックだけじゃない。今日会って確信したよ。ラズベリーには他の魔女にはない何かがある。僕からもラズベリーを推薦しよう」
「お前がわざわざラピスまで来たのも、それが狙いかい?」
「まぁね。実は、僕がこのプロジェクトに参加する上で、メグ・ラズベリーの参加を条件に出したんだ」
「だからかい、会長がわざわざ私の元にまで訪ねてきたのは。今まで傍観していたお前がこの世界に干渉なんて、一体どう言う風の吹き回しかと思ったが……」
「個人的に少し興味があってね。間近でラズベリーの行く末を見届けたい……そう思っただけさ。彼女は昔の知り合いによく似ているんだ」
「やれやれ、厄介な奴が出てきたもんだね……」
ガリガリと、お師匠様は頭を掻く。
たとえ二対一とはいえ、言い合いでお師匠様が押されているのは珍しい。
「魔女ファウスト。あなたに託された星の核の依頼と同じくらい、この任務は魔法協会にとって重要なものです。これまで依頼を受けてくれなかったベネットが動いてくれるなら、我々はどのような条件でも最大限譲歩したいと思っています。それが例えあなたの弟子を巻き込む形になっても」
追い打ちをかけるような会長の言葉に、お師匠様は頭を抱えた。
すると、ベネットが何かを探るように、お師匠様の顔を覗き込む。
「ファウスト、弟子に真実を知られることがそれほど怖いかい?」
お師匠様は何も言わない。
その沈黙を肯定と受け取ったのか、ベネットは言葉を紡ぐ。
「ヒナが飛び立とうとしているなら、タイミングを逃してはいけない。一度逃せば、ヒナはもう飛べなくなる。成熟するのを待っていては遅い。少し未熟な時こそが、ヒナの巣立ちの時期だ。既にラズベリーは真実の扉に手をかけている。君が本当に彼女の師なら、扉を開けてやるべきだ」
ベネットはそっと、私を振り返る。
「ラズベリー」
「はい」
「君の余命のことは聞いている。君がもし、まだ千粒の感情の欠片を集める気持ちがあるなら、この旅は君にとって大いに意味のあるものになるだろう」
「どういうことですか?」
「この旅は、世界中の人を助けるものだ。ただ、危険もある。君はきっと、とても過酷な経験をする。でも、それ以上に、沢山のものを得るだろう。経験や知識、人々との縁。それはきっと、嬉し涙集めにもつながるはずだ」
「嬉し涙に……?」
確かに、いろんな被災国の人たちを助ければ、嬉し涙を集められるかもしれない。
もちろん、そんな
けれど、今の私にはもう余裕が無いというのも事実なわけで。
「ラズベリー、君はどうしたいと思っている?」
「私は……」
しばらく、言葉に詰まった。
だけど、私が歩むべき道は、もう決まっているような気がした。
「お師匠様、一つ確認させてください」
私は顔を上げ、一歩前に出る。
お師匠様は、逃げること無く私を見つめた。
「私の生まれ故郷は、オルロフなんですか?」
「それを知ってどうするんだい」
「知りたいんです。自分のことを」
お師匠様はしばらく目を瞑って黙った後
「そうだ」
と、一言答えた。
「お前は、オルロフで被災していたのを私が助けた。お前がまだ幼い頃にね」
「やっぱりそうだったんだ……」
「メグ……ラピスにはお前の友人が居る。お前を慕う人も、お前を待つ人もいる。帰る家だって、ここにある。それでもお前は、生まれ故郷を追うのかい」
「はい」
私は、ハッキリと声に出した。
「私の故郷はラピスです。今までも、これからもそれは変わりません。だけど、このまま何も知らなくて生きていたくない。私は、私の生まれた場所のことを知りたいんです。どんな人がいて、誰と暮らして、どんな場所だったのかを、自分の目でちゃんと見ておきたい」
「お前には、足かせになるような過去は必要ない。そう思っていたんだがね」
「これは過去に縛られるんじゃない。私が、自分の選んだ未来を歩むために必要なことなんだ。それに、お師匠様なら分かるでしょ?」
「何がだい?」
「私は欲張りなんですよ」
フッフッフと、私は不敵な笑みを浮かべた。
「生まれ持った過去も、これから抱える未来も、全部まるっと私のものにしたいんです。知るも知らないも、持つのも捨てるのも、私が自由にする。何が必要で、何が不要なのかも、私が決める。だって私は強欲なんだから! 世界中の美少年も! 財産も! 地位や名誉も! そして私自身の記憶さえも! 自分のものにしておきたいんですよ!」
大声を出した私に、ベネットも会長も、お師匠様もキョトンとした顔を浮かべる。
そうして、しばらく沈黙が漂った後。
「ふふ……お前って子は、どこまでも愚かな子だね……ふふふ、あはは、ははははは!」
お師匠様は、やがて大きな声を上げて笑い出した。
涙が出るくらいおかしそうに笑う魔女ファウストの姿は、どう見ても異質で。
今まで見たこともない姿に、あたりが騒然となっていた。
表情を変えなかったのは、私とベネットだけだ。
一通り笑ったあと、お師匠様は全身から憑き物が落ちたように、優しい表情を浮かべた。
「運命が、どんどん塗り変わろうとしているね……」
窓の外を眺めながら、永年の魔女は呟いた。
「メグ」
「はい」
「お前には過去を受け止める覚悟があるんだね?」
「はい」
「なら行ってきな」
「えっ……?」
お師匠様の顔には、いつもの不敵な笑みが浮かんでいた。
「行って、見ておいで。お前が生まれた場所を、お前がまだ知らない世界を」
「良いんですか、お師匠様……?」
「あぁ。でも、忘れるんじゃないよ。たとえ生まれ故郷は違っても、ラピスはお前の故郷で、お前の帰る家はここにあるということをね」
「……分かってますよ、そんなこと」
そんなこと、最初からずっと分かっていたことだ。
私が愛し、ずっと暮らしてきたラピスの街を、いまさら捨てるなんてありえないんだから。
「ここが、私の帰るべき場所です」
こうして、私の故郷を巡る旅が決まった。
この旅が、私の運命をどのように変えるのかは、まだわからない。
でも、この旅の先に、自分の探していたことの答えが待っている。
今はただ、そんな気がしていた。
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