第4節 亡国オルロフ
●
亡国オルロフ。
ユーラシア大陸の北西部に存在したその国は、国土の規模で言えば小国だった。
だが反面、世界でも有数の長い歴史を持つ国だ。
その理由は、オルロフの取り組んでいた産業にある。
オルロフは、軍事兵器製造などの軍需産業で繁栄した世界有数の軍事国家だった。
オルロフは武器を始めとする軍需品の供給において、歴史上でも最も多くの戦争に関わった国である。
鉄鋼資源に恵まれたオルロフは、非常に高い技術で数多くの軍事兵器を生み出した。
そして、その軍事兵器を求めた軍事諸国との太いパイプを持っていたのだ。
また同時に、国内の生活水準も非常に高いのがオルロフの特徴だ。
軍需産業というものは非戦争時こそが最も多くの利益を生む。
オルロフは世界各国の中立的な立場に立つことで、軍需品の需要が絶えない状況を実現した。
そのため、常に好景気状態にあったのだと推察される。
国が豊かだったこともあり、福祉も整い、治安も良く、仕事も豊富なオルロフは非常に住みやすい国だった。
長年発展と繁栄を続けていたオルロフだが、実は反魔法思想が強い国でもあった。
魔法は術者の知識が伴えば簡単に兵器を無力化できるからだ。
兵器を通じて世界中とのコネクションを持つオルロフは、兵器の有用性を説き、そして魔術と科学が融和するこの時代に疑問を唱えていた。
しかし、時代は魔法の発展を許し、魔法と調和した社会が実現するようになった。
魔導師が多種多様な立場や役職を持つようになり、国際魔法協会までもが設立され、魔法は全世界に当たり前の技術として確立されたのだ。
そんな魔導師たちの存在は、オルロフからすると脅威でしかなかったのだろう。
そうした国家的な立場や背景があったからか、長らく間接的にしか戦争に関わってこなかったオルロフに、近年動きが出ていた。
軍隊の増強や、特殊部隊の編制など、自国の軍事面への本格的な強化が行われていたのだ。
軍事兵器の開発国として独自の立場を築きながらも、裏では魔導師の虐殺や国際魔法協会の解散などを計画していたという話もある。
第三次世界大戦の引き金を引くのは、間違いなくオルロフと言われていた。
そんなオルロフは、その国土全域が魔力災害に遭い、わずか三日で滅んだ。
魔力災害は、魔法の源と言われる魔力が、何らかの形で暴走を起こす災害である。
過度の魔力が溢れ出ることで、動植物に変異を与えたり、本来発生するはずのない台風や津波などの自然災害を引き起こす可能性があるのだ。
近年、この魔力災害の増加が、大きな問題となっている。
オルロフは、この魔力災害の犠牲となったのだ。
ただ、一つ、通常とは異なることがあった。
オルロフを襲ったという、大規模な魔力災害。
それは、たった一人の魔女によってもたらされた人為的なものだと言われているのだ。
魔女の名はエルドラ。
七賢人の一人『災厄の魔女』の称号を持つ魔女である。
七賢人は国際魔法協会に認定を受けた七人の魔導師を指すが、その中でも長い間不動の地位を確立している魔導師が三人いる。
一人は始まりの賢者ベネット。
一人は永年の魔女ファウスト。
そして最後の一人が災厄の魔女エルドラである。
エルドラは、歴史上いくつもの戦争に関わったと言われている。
だが、彼女の行動原理や、動向の全貌は明らかになっていない。
そのため、これまでエルドラの名が表舞台に立つことはなかった。
多くの戦争に関わってきたとされるエルドラとオルロフ。
お互いが異なる国家に関与していたとするならば、その対立構造は自然と浮き彫りになる。
だが、エルドラが本当にオルロフを滅ぼしたのかどうか。
その真偽や理由も、未だ明らかになってはいない。
だが、本当にエルドラがオルロフを滅ぼしたのだとしたら。
彼女の行動は、結果として第三次世界大戦を未然に防いだと言うことになる。
魔力災害で滅びたオルロフの国民はその殆どが息絶えており、現状生存確認が取れている者はわずか数名と言われている。
●
「オルロフ……」
私はその国の名を、何度も何度も目で追った。
第三次世界大戦の引き金となる可能性のあった、軍事国家。
そして、魔女エルドラにより滅ぼされた国。
両者の間には、戦争を通じた対立関係があったらしい。
エルドラ姉さんが私利私欲のために大勢の人を殺したとは考えがたい。
だけど、もしこのオルロフが私の生まれ故郷なのだとしたら。
私が夢で見たあの光景は、やはり実際に起こった情景だったのだろう。
夢の街は、随分と栄えているように感じられた。
本に書かれているオルロフの特徴とも一致する。
オルロフが今も存在していたとしたら、第三次世界大戦が起こっていたかもしれない。
魔法をこの世から消すための戦争が。
そしたら、お師匠様やソフィや祈さん、ロンドの街のみんな、沢山の魔導師達が命を落としていただろう。
エルドラ姉さんは、ひょっとしたら皆を守るために、ことを起こしたのだろうか。
だとしたら、誰も彼女を責められない。
複雑な心境だった。
魔法は私に生きる意味を与えてくれた。
魔法を通じて知り合った人たちは、私にとってかけがえのない人ばかりだ。
その魔法を消そうとした国の血が、私に流れているとしたら。
私はこの事実を、どういう気持ちで受け止めれば良いんだ。
『地図にない国』の最後は、オルロフの土壌について記されていた。
魔力災害により土壌が汚染されたオルロフの大地は、十数年の時間を経て浄化が進み、間もなく国土に足を踏み入れることが可能になるという。
この本が出たのは今から数年前みたいだから、今ならもしかしたら……。
「地図にない国……か」
私はきっと、ここにいかないといけないんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます