第6節 死神

まただ……と思った。

また、あの夢。


大勢の人が、街を歩いている。

大都市ロンドを思わせるような、大きな街。

市場は賑わい、人々は皆どこか楽しそうで。

活気のある街だと思った。


その中で、一人の男性が何かを見つけたように空を見上げ、指を指す。

するとその声に釣られて、次々と他の人たちも顔を上げた。


その視線の先に、一人の人が浮かんでいる。

逆光になって姿は分からない。

だが、大きな杖を手にしていることと、そのシルエットから、魔女であることはわかった。


「……………………」


魔女はなにか呟いたあと、静かに天へ杖をかざす。

すると、突如として街の至る所で爆発が起こった。

人々が叫び声を上げ、恐怖で逃げ惑う。


すると、地面にヒビが入り、目に見える気体のようなものが湧き上がった。


ガスかと思ったが違う。

それは魔力だ。

地面から魔力が噴き出している。

それも、視認出来るほど濃密な魔力が。


魔女は、魔力汚染を意図的に引き起こしていた。

それは、普通の魔女では到底不可能なことだった。


魔女は逃げ惑う人々に向かって、再び杖を振りかざす。

更に大きな爆発が起き、地面が揺れ、ヒビが入り、魔力が噴出し、人々が飲まれた。

飲まれた人は、ある者は異形と化し、またある者はそのまま絶命した。


すると、逃げ惑う人々の中に、赤ん坊を抱える女性がいるのが分かった。

噴き出す魔力の塊は、容赦なく女性と赤ん坊を襲う。

迫りくる魔力の塊を前に、女性は赤ん坊を強く抱きしめ、立ちすくんだ。

誰がどう見ても、逃げるのは不可能だ。


女性は祈るような声を出す。


「神様……どうかこの子だけは助けてください。この子……メグだけは」


その瞬間、二人は魔力の塊に飲み込まれた。

女性の全身を魔力が侵食し、異形と化す前に体が焼け焦げたかのように朽ち果てる。

生まれたてで目が見えない赤ん坊の目に、魔力の塊が宿った。


変質した目を得て、赤ん坊はまぶたを開ける。


赤ん坊の視線が、空に浮かぶ魔女の姿を捉えた。

今まで逆光で見えなかったその姿が、ハッキリと確認できる。

その女性は全身に黒い服をまとっていた。

顔をヴェールで覆い、まるで喪服のようだ。

私はその姿に見覚えがある。



浮かんでいたのは、魔女エルドラだった。



「はっ……!」


思わず目が覚めた。

全身に冷や汗をかき、呼吸が浅くなる。

心臓が早鐘を打つように高鳴っていた。

たった今見た光景が、鮮明に脳裏に焼き付く。


「今のは……赤ん坊だった私の記憶?」


潜在夢だ、とすぐに気づく。

私が生まれた時の潜在的な記憶を、私は見ていたのだ。


その瞬間、私は全てを理解した。

あの夢が、もし正夢なのだとしたら。

魔女エルドラが来たから、私の潜在的な記憶が呼び覚まされたのだ。


「エルドラ姉さんが……私の故郷を焼いたの?」


私はかつて、大きな街に生まれ、そして魔力災害に遭った。

そこで重傷を負った私は、お師匠様に助け出され、アクアマリンで治療を受ける。

その後、ラピス市長を通じてお師匠様に引き取られることになった。


私の目の魔力が強いのも、被災した時に目に魔力が宿ったからだとすれば納得がいく。


色んなことの辻褄が合う気がした。

パズルのピースが、パチリパチリとハマっていく。


その時、コンコンとドアがノックされ、思わず体がビクリと反応した。


「ど、どうぞ」


恐る恐る声を出す。

するとしばしの沈黙の後、ぎぃ……と軋む音と共にドアが開いた。

真っ暗闇の中に、女性が立っている。

それは、死神のように見えた。


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