第5節 真夜中の会話

その日の夜は、よく眠れなかった。

意味深な言葉ばかり言われて答えを全然教えてもらえない。

こんなの、クイズの解答を言わないまま放り出されるようなものではないか。


「うぐぅ、眠れん。うぐぐぐ、おごごごご」


昼間、街で中途半端に寝てしまったこともあって、寝付くことができない。

何というか、眠いのに眠れない感覚だ。

端的に言うと非常に苦しい。


明日も早いと言うのに、こんな状態ではボロボロになるではないか。

半奴隷のような生活の私にとって、生活スタイルの厳守は絶対なのだ。

特に明日はエルドラ姉さんが帰るだろうし、見送りや客間の整理など、いつも以上にやることも多いはず。

常に体を万全にせねばならない。

さもないとあの老婆に使い殺される。


「茶でも飲むか……」


確か安眠用のハーブティーを用意していたはずだ。

レモンバームやリンデン、カモミールを調合したこのお茶は、自律神経を整え、鎮静効果も高めてある。

どれだけ眠れない夜でも眠れてしまう、私の切り札。

とは言え、普段はあまり使わないのだが。

体が慣れて効かなくなっても困る。


部屋を出ると、物音で起きたのかカーバンクルもついて来ていた。

「おいで」と言って肩に乗せてやる。

こう言う時一緒に居てくれるこの子の存在は、地味に大きい。


リビングに近づくと、光が灯っていることに気がつく。

誰か起きているのだろうか。


近づくと中から話し声がした。

お師匠様とエルドラ姉さんだろう。

リビングの真ん中で二人が立って、何やら話している。


「エル、メグと話した印象はどうだった?」

「とても良い子ね。素直で、優しい子……」

「まだまだ甘いところはあるけれどね」


どうやら私の話をしているらしい。

隠れる必要なんてないはずなのに、何故かこっそり中をのぞいてしまう。

こう言う、本人が居ない場所での評価は、本音で語られることが多い。

お師匠様が私をどう評価しているのか知る良いチャンスだ。

この機会を見逃す手はないだろう。


「どうして母さんが……私をここに呼んだのか分かった気がしたわ」


エルドラ姉さんは、お師匠様の方を向く。


「私と……メグを会わせる為ね」


どういうことだ……?

予想外の言葉に、思わず眉をひそめた。


「今日メグに触れて感じたわ。あの子は……内に強い光を秘めてる。すべての人を笑顔に出来るような、強い光を……。その光は、以前には感じられなかった」

「あの子にはどんな時でも希望を捨てない強さがある。いずれ、お前の内側にある闇をも晴らすだろう」

「どうかしら……私は罪からは逃れられない。いくらメグが強い希望を持っていても……私の抱えた絶望と闇を、なかったことには出来ない」

「それでも、メグはお前を救う」


お師匠様の言葉には、迷いがない。


「お前は過去と向き合うと決めた。なら、メグはきっと、大きな支えになる」

「信じているのね……メグが持つ可能性を」

「それだけの力が、あの子にはあるんだ」


お師匠様はそう言うと、ゆっくり椅子に腰掛けた。

何かを思い返すように、どこか遠くを見つめている。


「今となっては、たった三人の家族だ。だから気兼ねすることはないよ、エル。お前が戻ってきたけりゃ、いつでもここの戻ってきて良いんだ。何があっても強く繋がっていられる。それが、家族ってものだ。家族は、互いに支え合わないとね」


それは、語りかけていると言うよりは、どこか自分に言い聞かせているようにも見えた。

なんだか良さげな話をしているように思えるのだが、妙に空気が重く感じる。

すると、静かにエルドラ姉さんが口を開いた。


「母さん……恐れているの?」


お師匠様は何も言わない。

その沈黙は、肯定を意味していた。


「母さんは何か隠してる……。そして、その何かが明らかになるのを恐れてる」


エルドラ姉さんがそう言うと、お師匠様はしばらく沈黙を守った後。


「随分と鋭くなったもんだね」


と、いつもの不敵な笑みを浮かべた。


「母さん……何か抱えているなら、私に話して……」

「お前もメグも、永遠に知らなくて良いことだよ。それ以上でも、それ以下でもない」


その時。

ギシッと音がして、二人がハッとこちらを向いた。


「誰かそこにいるのかい?」


お師匠様の声に促され、そっと二人の前に姿を現す。

姿を見せたのは、カーバンクルだった。


「何だいお前、眠れないのかい」

「キュウ」


お師匠様は、カーバンクルを抱きしめる。

幸いにも、私が視覚と聴覚をカーバンクルとシェアしていたことに気づいた様子はない。


普段ならお師匠様に気づかれず魔法を使うなんてもちろん不可能だ。

だけどカーバンクルは私の使い魔だから、魔法を使うことで私の魔力をまとっていたとしても違和感はないはず。


重要な話をしている気がして、だけどそこに居ると見抜かれると思った。

だから私はカーバンクルに感覚共有の魔法を使い、部屋に戻ったのだ。


聞いてはいけない話だった気がする。


全然わからないことだらけなのに、ますます謎が深まった。

意味深な言葉の連続。

私の胸の内で、わだかまりだけがただ静かに広がリ続けた。

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