第3節 かつての故郷、かつての家族

いつにない緊張を感じる。

小動物たちも今日は何だか大人しい。

いつもは食事中も私にひっついているカーバンクルとシロフクロウですら、今日は遠巻きに私たちを見ている。


食卓に、私とお師匠とエルドラの三人が座っていた。


世界で指三本に入る魔導師の内の二人が、我が家にいる。

我が家に居るのに、まるで我が家じゃないみたい。

巨大な力の拮抗を感じる。


何故だ。

何故私はここにいる?

リスの集団に紛れ込んだカタツムリくらい居心地が悪い。

そうだ、言い聞かせれば良いのだ。

何事も思い込みが大切。


「あたいはリス……あたいはリス……」

「何一人でぶつぶつ言ってんだい。不気味な子だね」

「いつもと大して変わりませんがな」

「それもそうだね」

「否定して」


お師匠様は呆れ顔を浮かべると、気を取り直したように言う。


「メグ、この子はエル。七賢人のエルドラと言えばお前も知っているだろう」

「へぇ……存じてまさぁ」


私はおずおずとエルドラを見る。

布が邪魔して顔はわからないが、目が合ってるのを何となく感じた。


「えっと、年末の魔法式典ぶりです……」


私が頭を下げると、エルドラはほんのわずかに頷いた。


「なんだい、あんた達もう知り合ってたのかい」

「式典の時に少しだけ話をしたの……」


エルドラはそう言うと、私をまっすぐ見つめた。


「あなたともう一度会えてよかった……」


エルドラは、呟くように言葉を紡ぐ。


「ほんのわずかな間に……ずいぶん成長したのね。あの時はまだ、触れると砕けてしまいそうなほど繊細で、弱々しかったのに」

「今は、どうなんですか?」

「光を感じる。まるで太陽のように」


エルドラが私の顔を覗き込む。


「希望を、その身に宿したのね」


また、だ。

この人は、まるで見透かしたようにものを言う。

言葉の真意は判然としないのに、何故かドキリとするような、胸に刺さるようなことを言う。



――呪いに掛かってるのね。

――えっ?

――あなたにはこれから過酷な運命が待ってる。呪いが解ける時、あなたは大切なものを失う。

――大切なものって、私の命ですか?

――もっと大切な、かけがえのないもの。命を投げ出しても構わないと思うほどに。



初めて会った時、エルドラはまるで、未来を知っているかのような口調でそう言った。

それは、どこかお師匠様の千里眼を彷彿とさせる。


あの言葉の意味も、まだ私はわからない。

だけどきっと、大切なことのような気がする。


「それでお師匠様。どうしてエルドラさんがここに?」

「あぁ。もうすぐ星の核の制作も最終段階に入る。そうなったら、エルドラは当面忙しくなるんだ。十年、二十年……いや、もっとかね。この子は、星の核を使って星を浄化する執行人となるのさ」

「そんなに長く……」

「だからその前に、この子に見せてあげたいと思ったんだよ。かつての故郷をね」

「かつての故郷?」


すると、エルドラは小さく頷いた。


「私もあなたと同じ。ファウスト母さんに拾われ、ここで育った……」

「帰ってくるのは、何年ぶりかね」


お師匠様は、どこか遠くを見つめて、しみじみと言う。


「エルドラはね、お前の姉弟子だよ、メグ」


やっぱりそうだった。

いつか、精霊のセレナから聞いたことがある。

かつて、魔女ファウストと共にいた、エルという名前の少女のことを。

それはやっぱり、エルドラのことだったんだ。


「何だい。随分リアクションが薄いじゃないか。もっと驚くと思ったんだけどね」

「ちょっと思うところがあって、そうじゃないかなって。でも、お師匠様のこと『母さん』って呼んでたから」

「私にとって魔女ファウストは、師というより、母親なの……」

「家族と変わらないさ。長年ずっと同じ物を食べ、共に歩んだんだから」

「家族……」


その『家族』の中には、きっと私も入っているんだろう。


「ところでお師匠様は、星の浄化作業には入らないんですか?」

「馬鹿言うんじゃないよ。星の浄化作業はね、エルドラが自ら選んだ使命だ」

「なるほど……」


エルドラには悪いが、内心ホッと胸を撫で下ろす自分がいた。

お師匠様には常日頃から消えて欲しいと切に願う私であるが、それでもいなくなるなんて想像がつかない。

何だかんだ言って、私はこの人の存在に支えられているのだと気付かされる。


「姉弟子ってことは、エルドラさんは私にとっての姉みたいなものですかね」

「それなら、姉さんって呼んでやったらどうだい」

「へっ? 良いんですか? じゃあエルドラ姉さんで」

「お前は怖いもの知らずだね。もっと躊躇しな」

「あんたが言え言うたんや」

「ふふっ」


私がお師匠様と睨み合っていると、エルドラが口元に手を当てて笑った。

初めて笑った姿を見た気がする。

私とお師匠様は顔を見合わせた。


「母さん、ずいぶん賑やかになったのね……」

「馬鹿な弟子を持つと苦労するからね」

「サンドイッチみたいに言葉の合間に罵倒を挟むのはやめなはれ」

「メグ、あなたは私を……姉と呼んでくれるのね」


その目元は見えなかったけれど。


「嬉しい……」


きっと笑っていたのだと思う。


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