第2節 久方の帰宅

その女性の姿を見た時、一瞬、時が止まったような気がした。


「魔女エルドラ……」

「あなたの家に向かっている途中……たまたまあなたが目に入ったの……」


魔女エルドラは、何でもなさそうにこちらを見る。

黒い喪服の様な姿、顔を覆う黒いヴェール。

異質な存在が、そこに立っていた。

エルドラは、静かに立ち上がると、こちらを振り向く。


「帰りましょう、メグ」


チリンと鈴の音がどこからか鳴り響いた。

静かな、凛とした声。

何故ここにいるのか、何をしに来たのか。

色々と疑問が浮かぶのに、声に出ない。


何も言えず、何も聞けず。

なのに、まるで背中を押されたように、私は立ち上がった。


夕焼けのラピスの街を、エルドラと二人で歩く。

普段と同じ街が、まるで違う光景に感じる。


「おお、メグちゃん今帰りかい」

「え……うん」

「メグ姉じゃん! おつかれ」

「おぉ、ありがとオネット……」

「メグちゃんだ!」

「あぁ、アンナちゃん、早く帰りなよ……」


ラピスの街の人達が、いつものように声を掛けてくる。

みんな私の様子には気づかず、いつもと変わらない調子だ。

エルドラを見ていない、いや、かのようでもある。


誰も彼女を認知していないんだ。

だから、誰も彼女に反応しない。


一緒に歩くと、エルドラの歩みはずいぶんとゆっくりしているように感じられた。

それなのに、なぜか遅れることなく、私の隣を歩んでいる。

まるでこちらの感覚器官を狂わされているようだ。


彼女だけが、世界から浮いている。

そんな印象を受けた。



街を抜けて、家へとつながる川辺の道を歩く。

そこで、どうにか声をかけることが出来た。


「あの……それで、どうしてあなたがこの街に?」

「招かれたの。母さん……あなたの師匠に」


他にも言葉が出るかと期待したが、エルドラはその一言だけを告げると言葉をつぐんだ。


母さん。

その言葉が、妙に耳に残る。


お師匠様に旦那や子供が居るという話は聞いたことがない。

でも、お師匠様の長い人生の中で、私が知っていることなんてほんの一部でしかないのだ。

この人は、私の知らないお師匠様を知ってる。


それに、以前会った時は、私に掛けられた呪いのことも知っている風だった。

この人なら、私の呪いの解呪方法を知っているかもしれない。


今しかチャンスはないのかもしれないのに。

なぜだか私は、それ以上の言葉を紡ぐことが出来なかった。

魔女エルドラのオーラには、余計なことを話させない圧のようなものがあった。


結局、気まずい沈黙のまま家に到着した。

コミュ力お化けと言われた私がここまで黙らされるとは。


「ただいま帰りました……」

「遅い。どこほっつき歩いてんだい」


ドアを開くと、お師匠様がいつもの調子で出迎えてくれる。

一気に肩の荷が降りた気がした。


「あの、お師匠様。お客様が来てるんすけど」

「客?」

「母さん、私……」


チリン……と言う例の鈴の音とともに、エルドラが静かに姿を見せる。

すると、エルドラを見たお師匠様は、一瞬驚いたように目を見開くと。


「エル……よく来たね」


と、大きく表情を崩し、心から柔らかな笑みを浮かべた。

その顔は、何だか泣きそうにも思える。


そんなお師匠様の顔を見るのは……初めてだった。


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