第12話 終わりは幸福な食卓から

第1節 夢の情景と尋ね人

このところ、毎日同じ夢を見る。


大きな街で、大勢の人が歩いている夢だ。

賑わっていた街の人々の中、一人の男性が、何かを見つけたように突然空を指差す。

その視線に引き寄せられるように、他の人たちも次々と空に目を向けた。


皆が目を向けた先には、一人の人間が宙に浮かんでいる。

逆光になって、それが誰かは分からない。


そこで、いつも目が覚める。


「うぅ、眠てぇ……」


朝食を作りながら、私はボヤける目をこする。

昨日は早く寝て、しっかり眠ったはずなのに。

何時間も活動した後みたいに、体がフラつく。


「しゃきっとしな、メグ」


背中をバシンと叩かれて振り返ると、お師匠様が呆れ顔で立っていた。


「お前、また夜ふかししたのかい」


「それが……なんか最近寝れなくて」


「寝れない? 珍しいこともあるね。隕石でも降るんじゃないかい」


「言いすぎやろ」


アクアマリンから帰ってしばらく。

まだ星の核の製作という仕事があれど、お師匠様と私の元には日常が戻ってきている。

少し違いがあるとすれば、お師匠様の態度が何だか柔らかいことくらいか。

それは何だか認めてもらえたみたいで、私としては嬉しい。


「悩みでもあるのかい。話してごらん」


「いや……そう言うわけじゃないんですけど。何か、変な夢を見るんすよ。妙に具体的って言うか、映画を見てるみたいな」


「そりゃ潜在夢かもしれないね」


「潜在夢?」


私が首をかしげると、お師匠様は静かに頷く。


「内在してる魔力が高まると、時に未来や過去と繋がることがある。魂に刻まれた潜在的な記憶、誰かの記憶、あるいは、遠い世界に存在した確かな光景。それが潜在夢だ」


「へぇ……。それって、お師匠様の千里眼みたいなものです?」


「千里眼よりは不安定な代物さね。狙ってできるものじゃない。夢占いって有るだろう。虹や動物や人、様々な象徴的なものが潜在的なメッセージを秘めている。魔女が見る夢っていうのは、そうしたものより少しだけわかりやすく、力のあるものなのさ」


「ふーん」


「潜在夢を見るってことは、お前が魔女としてそれなりに力をつけたってことだろうね」


そう言ったお師匠様は、何だか嬉しそうだった。


魔女としての力か……。

お師匠様が言うなら、間違いないだろうけれど。

何だかピンとくるような、来ないような、微妙な話だ。


そしてここまで寝不足になるくらいなら、正直あまり嬉しいことではない。


ふらつきながら午前を過ごし、午後には薬の配達に出た。

こういう時でも労働に容赦がない。

まさしく鬼婆である。


「それじゃヘンディさん……薬届けましたんで……」


「メグちゃん、元気ないけど大丈夫かい?」


「大丈夫っす……寝りゃ治りますよ。寝ればね」


寝れるかどうか、分からないわけだけど。

そんなことを考えながら、フラフラと家に帰る。


「眠てぇ……」


なんだか急激に頭がふらついて、ベンチで休むことにした。

失敗した。

ヘンディさんの家で休ませてもらっておけばよかった。


街の中央にある広場のベンチで、ぐったりと座り込む。

そんな私を、使い魔であるシロフクロウとカーバンクルが心配そうに覗き込んだ。


「大丈夫だよ、大丈夫。ちょっと休むだけだから。そう、ちょっとだけ……」


呟きながら空を仰いでいると、徐々にまぶたが落ちてくる。

耐えきれなくなって、そのまま目を瞑った。

街の喧騒が遠ざかり、私の意識はどこか遠くへと旅をする。


不意に、情景が浮かび上がった。

今朝見た、あの情景と同じだ。


沢山の人が、街を歩いている。

その中の一人が、何かを見つけて指をさす。

すると、他の人達も次々にその方向へと目を向ける。


視線の先には、一人の人が浮かんでいる。

逆光になって、姿はよくわからない。

でも、手に大きな杖が握られていることだけは分かった。


「……………………」


その人物は、何かを口にして杖を振りかざす。

すると、大きな爆発が起きた。

仕掛けておいた爆薬が爆発したような、大きな大きな爆破だった。


地面が揺れ、ヒビが入り、人々が逃げ惑う。

すると、ヒビが入った地面から、気体のようなものが噴出した。

気体なのに、何故かそれは目に見ることが出来る。

人々はそれを見て、叫び声を上げながらまた逃げた。


一人……また一人と、次々に気体に飲み込まれていく。

気体に飲まれた人は、声を上げること無く体を変色させ、絶命した。

やがてその魔の手は、赤ん坊を抱える女性を捉えた。

迫りくる気体の塊を前に、女性は赤ん坊を強く抱きしめ、立ちすくむ。


不意に、声が届いた。

これまで、モノクロフィルムのように音声がなかったのに。

突如として、その声だけが、浮かび上がる。


「神様……どうかこの子だけは助けてください。この子……メグだけは」


えっ……?


ハッとして目が覚めた。

視界に、夕焼けに染められた空が目に入る。

随分眠ってしまったらしい。

呼吸が浅く、全身に冷や汗をかいていた。


「何……今の夢」


異質な夢だった。

今まで見ていた夢の、更にその『先』を捉えた夢。

沢山の人が死んで、逃げ惑う。そんな情景。

そして……不意に呼ばれた、私の名前。


「私、どれだけ眠ってた?」


そばにいた使い魔に尋ねるも、二匹とも困惑したような表情で顔を見合わせるばかり。

多分、私を見守るのにいっぱいいっぱいだと思われる。


さっき見た夢は、一体何なのだろう。

全身に、いつもと同じ激しい倦怠感を覚える。

フラフラとした頭を押さえていると、不意に、異質な気配を感じた。


チリン……。


聞き覚えのある鈴の音。

私がその音に誘われるように視線を向けると。


災厄の魔女エルドラが、隣に座っていた。


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