第20節 偉大な魔女の秘訣
数千年前の災厄。
かつて魔女テティスが一人で対峙した、大津波。
もし、今回起ころうとしているのが、それと同様のことなのだとしたら。
このアクアマリンは、もうすぐ海の底に沈む。
院長の言っていることが本当なら、私達は全員、今日死ぬことになる。
もちろん、まだ可能性の話だ。
でも、先程の魔法協会の放送は、それを裏付けるには十分なものに思えた。
あんないたずらに大衆を煽るような放送は普通しない。
それだけ事態が切迫していると言うことなのだろう。
「メグ、そんな深刻な表情せんと、いつもみたいに元気いっぱいな顔を見せとくれ」
「そんなに難しい顔してたかな」
顔をグニグニとマッサージする。
緊張で、いつの間にかずいぶんと表情が固くなっていたらしい。
そんな私を見て、院長は優しい表情を浮かべた。
「まだ希望を捨てるには早計じゃ。今はわしらに出来ることをせねばな」
「……そだね」
そうだ。
まだ決まったわけじゃない。
助かる可能性があるんだから、やれることをやろう。
何より、この世界的美少女が死んだら世界が悲しむからな!
しかしそんな私達の空元気を叩きつけたのは、ジャックだった。
「最悪の事態になった」
「津波?」
「あぁ、それもとびきりでかいやつだ。高さ百メートル。ここ数百年の間でも、ここまで酷いのは観測されてない」
「災厄の再来、か……。悪い予感が当たったのう」
院長は、どこか諦めたような視線で遠くを見る。
「かつてテティス様が対峙した津波も、百メートル級の巨大な津波じゃった」
「島を沈めるほどの津波か……」
「何か方法は無いのかな」
「今、祈が魔法協会と対処法を相談してる。何か妙案があるかもしれねぇ。とは言え、何が出来るかってところだが」
島を飲み込むほどの大規模な津波。
そんな巨大な災厄を前に、私達に出来るのは逃げることくらいだろう。
じゃあ、その逃げ道がなかったらどうすれば良いんだ。
「スタッフをここに集めなさい」
院長は、近くに居た看護師長に声をかける。
「わかりました」と、覚悟したように看護師長は部屋を出る。
「院長、どうするのさ?」
「スタッフたちを家族と共に避難させる。なるべく安全な場所にな」
「でも、さっきの話が本当だとしたら」
「無駄、じゃろうな。それでも、わしらは生きねばならん。この島の皆の命がここで終わって良いなど、あっていいはずがない」
「院長……」
すると、不意に私のスマホが震えた。
ディスプレイには『お師匠様』の名が映し出されていた。
私はその名前に飛びつく。
「お師匠様!」
『メグ、大変なことになったね』
「言うてる場合ですか!」
電話口の向こうに居る魔女ファウストの声は、随分と落ち着いていた。
「このままだとアクアマリンが沈んじゃいます! 早くこっちに来て助けてくださいよ! 時魔法なら飛べるでしょ!」
『悪いけど、それは出来ないね』
「はぁ!? 出来ない? 何故? ホワイ? どうして!? 何でじゃこなくそ!」
『ちったあ落ち着きな。いいかい? 今、アクアは強力な魔力災害で磁場が乱れててね。外からの干渉が一切出来ない状態だ。クロエも魔法協会も方法を探しているが、見つからないだろう。その島に干渉出来るのは、内部の人間だけだ。この電話も、すぐに繋がらなくなるだろう』
確かにお師匠様の声には徐々にノイズが入り始めていた。
魔力が強い場所は電波干渉が発生する。
これは、その兆候だろう。
「じゃあ一体どうしたら……」
『お前がやるんだ』
耳を疑った。
お師匠様は構わず続ける。
『良いかいメグ。お前が、その島に居る皆を助けるんだ』
「そんなご無体な。無茶言わんでくださいよ」
『無茶じゃない。お前はもう、そのための材料を手にしてるはずだよ。島を救うための、材料をね』
「材料ったって……」
『メグ、よくお聞き。今日、これからお前は選択を迫られるだろう。身を切られるような、とても辛い選択をね』
「辛い選択?」
『お前は自らの意志でその選択に向き合い、そして決めねばならない。正しい答えは、いつだってお前の胸の中にある』
ノイズが強くなる。
お師匠様の声が、遠くなっていく。
『メグ、偉大な魔女はね、逆境にこそ笑うんだよ』
お師匠様の声は、そこで途切れた。
ノイズが強まって、もはや通話出来る状態ではない。
漠然とした言葉と、無責任な無茶振りだけが私の中に残る。
「何だってんだ一体……」
そう呟いた時だった。
島に、大きな地響きが起きたのは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます