第19節 数千年前の災厄

病室を出た私達は、ジャックの見送りを受けて、病院の前のタクシー乗り場まで案内される。


「それじゃあジャック、世話になったわね」


祈さんが言うと、ジャックはフッと笑った。


「お前らが居なくなると、ココが寂しがるな」

「また遊びに来るって言っといてよ。ジルさんやメアリとか、あとマルコさんにも!」

「面倒くせぇ。自分で言ってくれ」


私達が和気あいあいと話していると、不意に病院の入口が開く。

そこに、見覚えのある人物が立っていた。

フサフサの髭、つるつるのハゲ頭。

アクア総合病院の院長である。


「院長も見送りに来てくれたんだ!」


私が手を振るも、院長の顔は浮かない。

何だか深刻そうなその様子に、私達三人は顔を見合わせた。


「お前さんら、帰るのは無理かも知れんぞ」




院長に案内され、医療センターに足を運ぶ。

他の看護師さんもいる中、私達はテレビをつけた。

室内に居る全員が、テレビの画面に注目する。


『緊急避難警報』


そう書かれていた。

色々とチャンネルを変えてみる。

どのチャンネルにしても、全部同じ文字が表示された。

どうやら、この地方の放送が切り替えられているらしい。


「緊急避難って、ただ事じゃないわよね。何がどうなってんのよ」

「もうすぐ七賢人による特別放送をするそうじゃよ」

「七賢人って……クロエかしら」

「だろうな」

「あ、始まりますよ」


テレビ画面に見惚れるほど美しい若い女性の姿が映る。

『言の葉の魔女クロエ』と表示されていた。

まぁ、実際に画面に出ているのはクロエではなく、その弟子のウェンディだが。

確か影武者をしてるんだっけ。


いつもはバラエティなどにも出て明るい雰囲気の彼女だが、今日はいつになく真剣な表情をしていた。

それに釣られて、緊張感が漂う。


『えー、みなさぁん。本日は突然ごめんなさぁい』


間の抜けた話し方に思わずガクッと力が抜ける。

室内に立ち込めていた緊張感は霧散した。


「ほっほ、柔らかい雰囲気のお嬢さんじゃのう」

「なんつー緊張感の無いやつだ……」

「あれ素でやってですかね」

「でしょうね……」


皆が思い思いに感想を述べる。

そんなこちらの状況はつゆ知らず、クロエの影武者をしているウェンディは話を続けた。


『最近、精霊の動きがおかしくてぇ、調べてみたら、アクアマリン地方に大きな乱れが出ていることが判明しましたぁ! 地震、津波、海底火山の噴火、色んな可能性がありまぁす! アクアマリン地方の方は地上に戻って、厄災にそなえてくださぁい!』


ウェンディは間の抜けた声で必死に訴えかける。

その口調に反し、内容は随分と深刻だ。

普通の口調でそれを言われれば、パニックを生み出してもおかしくはない。

それを和らげているのは、やはり言の葉の魔女の弟子たるところか。

何となく、何故彼女が起用されたか分かった気がした。


「精霊の乱れか……」


ジャックが呟き、祈さんが思考するように顎に手を当てる。


「ただ事じゃないわよね。ジャックは何が起こると思う?」

「わからん。だが不吉だな。特にここ最近は色々と自然の流れがおかしかった。地震、海流の変化、沖の天気が妙に変わりやすいって話もあった」

「何かの兆候かしら。よくあるの? こういうこと」

「寒い時期に海流がおかしくなることは常だが、今のこの時期は稀だな」


そこで私は、市場で聞いた魚屋さんの話を思い出す。

確か、ここ最近はまともに船が出せていないって言ってたな。

沖で急に竜巻が上がったり、雷が出たり、波が荒れたり。

原理もわからないことが、急に起こっていく。


「まるで魔法みたいだなぁ」


私が何となくそう言うと、ジャックと祈さんがハッとした顔で私を見た。

何だ。私は別に滑ってないぞ。そんな真剣な顔で私を見るな。


「そうか、なんで気づかなかった…! 魔力災害だこれは!」


ジャックは額に汗を浮かべる。

そんな彼に、私は怪訝な顔をした。


「魔力災害って火山みたいに噴火するやつじゃないの?」

「海底で起こってんのよ! だから表には出なかったんだわ!」

「海底で……?」


祈さんは頷く。


「魔力が大気や水流に働きかけてたから、色んな自然現象が併発してた。元々地盤が安定しているのに地震や津波が多かったっていう史実と整合性が取れるわね」

「へぇぇ? でもそんなのが今更わかるなんて……今まで誰も調査してなかったってことです?」

「沖は海流が繊細じゃからのう。海は深い。遥か海底の調査は、ほとんど進んでいないのが現状なんじゃよ」


私の疑問に院長が答えてくれる。

そう言えば、何かで見たことがあるな。

この星の七割は海で覆われているが、実際の調査は十数パーセント程度しか出来ていないのだと。


「深海で魔力災害が起きてたとしたら、さっきの発表通り、最悪の事態になるな」

「私、魔法協会に連絡入れとくわ。誰か派遣してくれるかも」

「まともな魔導師でも来りゃ良いが……。おい、メグ・ラズベリー、俺達はちょっと出てくるから、ここで待ってろ」

「え? ちょっと……」


慌てた様子でジャックと祈さんは部屋を出てしまう。

私はすっかり、置いてけぼりだ。

勝手にどんどん話が進んでしまう。

看護師さんや他のスタッフも不安そうな顔をしているし、それでいていまいち現実味もない。

足元から、不安だけが徐々に染み込んできているような、嫌な感覚がした。


「何が起ころうとしてるんだろう……」

「古の魔女テティス様が対面したことが、再現されつつあるのかもしれん」

「テティス様が対面したって……アクアマリンを襲った津波のこと?」

「そうじゃ」


院長は、私をまっすぐ見る。

冗談を言っている顔ではない。


「このままだと島は沈む。かつてアクアマリンを壊滅に追い込んだ、数千年前の災厄の再来じゃ」




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