第14節 古い時代の魔法

翌日の病院。

ジャックは開口一番、魔法史の本を机の上に置いた。


「昨日、メグラズベリーの話を聞いて思うところあってな」


ジャックが机の上に置かれている本を開いた。

そこには、歴史に残る数多くの偉大な魔導師の名が連なっている。


「長い歴史の中で、魔法の知恵や技術、歴史の流れが鮮明に描かれるようになったのは、近代から。それ以前の魔法は、古い魔法として現代魔法とは別物と考えられている」


「まぁ、常識ね。今どき学校でも教えてることだし」


「そして、現代魔法の記録に感情の研究は載っていない。つまりだ。魔法の世界ではまだ、感情の研究が進んでいないってことなんだよ」


「感情が魔法に作用するってこと?」


「あぁ。感情は魔法の強度や威力、効果にそのまま乗ると思う。簡単な話、気持ちを込めて魔法を撃てば、その魔法は強くなるんじゃないか?」


「そんな馬鹿なこと――」


起こるわけがない。

祈さんはそう否定しかけて、黙った。

心当たりがあったのだろう。


古い時代の魔導師は人と密接に関わる職業だった。

でも、今の時代の魔導師は全然あり方が違う。


現代魔法が発展したのは、科学が爆発的な進化を遂げた十七世紀と言われている。

そこから魔法の立場は一気に変わった。

ご近所のおばあちゃんが使う知恵袋のような存在だった魔法は、薬学・植物学・科学・物理学をも包括する学問であり技術であると考えられるようになったからだ。


それに伴い、魔導師も徐々に科学者と同じ目線で魔法を研究するようになった。

何か現象を起こす魔法があるとするならば、そこには再現性がなければならない。

同じ手順を踏めば、同じ魔法を起こせないと意味がない。

そうやって、魔法と科学は似たような進化を遂げてきた。


「俺は今まで疑問に思っていた。魔法の分野において、何故か命の種だけに“感情”という酷く不安定な概念が入り込んでいることに。感情の欠片には、感情エネルギーが乗っていると考えられる。にもかかわらず、感情エネルギーは、現代魔法のどこにも用いられていない。これはあまりに不自然じゃねぇか?」


「感情は意図的に排除されたってこと?」


「厳密に言えば、淘汰されたって言えるかもしれねぇな。感情は不安定な要素だから、普遍性がない。だから自然と消えたんだ」


「つまり、どゆことだってばよ?」


話が見えてこず私が尋ねると、ジャックはその鋭い視線をこちらに寄せる。


「メグ・ラズベリーが引き起こした転生魔法は、古い時代の魔法のやり方である可能性が高い。命の種は古い時代の魔法の技術だ。お前が気持ちを込めて魔法を放った結果、転化魔法は転生魔法として機能した。感情の力を使ってるんだ」


その時、私はあの時のことを思い出す。

セレナが暴走して、私が死にかけたあの時。

私は意識が混同して、色んな記憶や、想いがごちゃまぜになっていた。


アンナちゃんやヘンディさんを励ましたいと思ったこと。

セレナを助けたいって想い。

お師匠様のこと。


混同した想いを全て込めて放ったのが、あの転化魔法だったのだとしたら。

ジャックの言うことは、あながち間違いじゃない。


「でもどうしてそんな古い魔法を私が使える……?」


「メグ・ラズベリーが師事を受けてるのは永年の魔女だ。お前が学んだ魔法の中に、古い時代の魔法が混ざっていたとしてもおかしくないだろう」


「なるほど」


すると、祈さんがそっとため息をついた。


「でもそれなら、マウス実験が成功しないわけだわ。っていうか、この研究自体、振り出しに戻ったに近くない?」


「古い時代の魔法は方法が確立されてなくて不安定だった。だから感情の力を使って底上げする必要があったんだろ。何かしらの方法で感情エネルギーを補えれば、十分現代魔法として確立出来る見込みはある」


しかしながらそれは、随分と長い話だ。


「術者の思い入れや、その人に対する気持ちや思い入れが大きければ大きいほど、感情の力は高まるってことかぁ」


「曖昧ね。そう言うの嫌いだわ、私」


「そう、曖昧だ。だから感情と魔法の繋がりなんて誰も研究しなかったんだ」


そう言うジャックの表情は、何だか浮かないものだった。

理由は、何となく察しが付く。


「ねぇジャック、あのステージⅤの女の子には、後どれくらいの猶予が?」


私が尋ねると「わからん」とジャックは首を振った。


「今日かもしれねぇし、半年後かもしれねぇ。だがどっちにせよ、長くないことは確かだ」

「そんな……」


その時、不意にドアが開き、女性の看護師が室内に飛び込んできた。

ずいぶん慌てて来たらしく、肩で息を切らしている。

突然のことに、私達は顔を見合わせた。


「先生! 大変です! 例のステージⅤの患者さんが……!」

「始まっちまったか……」


ジャックは歯を食いしばる。

それは、もうあの子に残された時間がないことを物語っていた。

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