第7節 母の死と、父の死に場所

「また来てくださいね、メグさん」

「メグちゃん、バイバーイ」

「次は完治したらまた来るね」


夕暮れ時になり、私達はジルさんの店を後にした。

そのまま、ココに連れられ、ココとジャックの家へと向かう。

その頃には、私の体力もすっかり回復していた。


オレンジ色に染まった空は美しく、まだ陽が沈みきっていないのに早くも星が浮かび上がっている。

吹き付ける風は涼しく、どこか潮の匂いをはらんでいた。


「私の故郷の街では夕暮れに鐘が鳴ったんだけど、この街は鳴らないんだよね」

「ええ。昔は鳴ってたみたいだけど」

「女神様がなんやらってやつだっけ」

「知ってるの?」

「うん。街の爺さんに聞いた」

「海の女神テティス。元は古い魔女だったっていう言い伝えもあるけど、誰もその真実は知らない。ただ、あの鐘にはその女神様の力が、今も眠ってるの。そして、この海の街アクアマリンを見守ってくれてるって言われてる」

「ロマンチックだなぁ」


そう遠くまで歩かないうちに、目的の家が見えてきた。

アクアマリンの院長からもらった住所の場所。


「ただいま」

「お邪魔しましま」


適当なことを言いながら、家の中に上がる。

レンガ造りの一軒家。

七賢人の家だから、さぞかし豪邸なのだろうと思っていたのだが、以外にも質素な家だった。

中は木造と漆喰で出来ていて、二人暮らしには十分だが、そこまで広いわけじゃない。

まだ私とお師匠様の魔女の家の方が大きいかもしれない。

まぁ、私達の家には千匹近い小動物つかいまがいるわけだけど。


「メグちゃん、私御飯作るから、リビングでくつろいでて」

「あ、お構いなく」


帰りに買った食材を片しながら、ココがかいがいしく動く。

将来良い嫁になりそうだ、などと値踏みしていると、ふと棚に置かれた写真が目に入った。

三人の人物がカメラに向かって笑顔で立っている。

ジャックと、まだ幼いココ、そして最後の一人は……母親だろうか。

どこかココの面影がある。


「それ、私のお母さん」


写真を見ていることに気づいたココが話しかけてくる。


「もうずっと前に死んじゃったけど」

「そうなんだ。理由とかって、聞いても良い?」

「魔力災害で、汚染に遭ったの。最後は人じゃなくなってた」


その言葉に、私は静かに息を呑む。

魔力災害の凄惨さを、私はまだ知らない。

だけど、彼女がどれだけ酷い状況に遭遇したのかが、その言葉から想起出来た。


「お父さんは、お母さんを助けようとした。でも、出来なくて、お母さんは駆除の対象になった」

「駆除? 扱いがまるで魔物じゃん」

「仕方ないの。魔力災害でステージⅤになった人は、人でなくなる。ほら、よく映画であるでしょ? B級のホラー映画。あんな出来損ないの化け物みたいなのが、実際に生まれちゃうんだよ」

「化け物……」

「お母さんは、安楽死だった。最後に薬を撃ったのは、お父さんなの」


写真を見る限り……いや、今日出会った様子からも分かる。

ジャックは、とても家族を大切にする人だ。


そのジャックが、最愛の妻を手にかけた。


それがどれだけ辛い決断だったのか、想像がつかない。

でも、きっと、他の誰でもなく自分自身でやりたかったのだろう。


「お父さんが災害地域で救命活動をするようになったのはそれからかな」

「お母さんみたいな人を出さないようにしているんだ……」

「どうなんだろ……私には違うように見える」

「違う?」

「私には、死に場所を探しているように見えるんだ」


最愛の娘がその言葉を口にするのか。

彼女の中には、どんな感情が渦巻いているんだろう。


「ごめんね、辛気臭い話しちゃって。メグちゃんって話しやすいっていうか、飾ってないっていうか。ついつい本音がでちゃう」

「それは私の生まれ持っての魅力だけれど……」

「あ、そこは謙遜しないんだ」


なんと声を掛ければ良いか分からない。

でも、これだけは言っておいたほうが良いだろう。


「私はさ、まだジャックのことも、ココちゃんのこともあんま知らないけど……、でも、こんな可愛い娘を一人置いて死ぬほど愚かな人じゃないって思うよ」

「そうかな。そうだと良いな」


ココは、どこか淋しげに笑みを浮かべた。



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