第7節 根を張る場所
フラフラと当てどなく歩いていると、やがて随分と開けた場所に来た。
木々に囲まれ、芝生が美しく生い茂り、職人の手によって研磨された石が等間隔で並んでいる。
自然公園と違い、ここはまだ神木による生態系変化の影響を受けていないようだ。
「ここは……お墓?」
セレナの言葉に、私はうなずく。
ラピスの街外れにあるお墓。
ここに足を運ぶのは、ずいぶんと久しい。
最後に来たのは、ちょうど去年の秋頃だっただろうか。
私が初めて嬉し涙を手にしたのは、この場所だった。
「散歩がてら足を運ぶような場所じゃないんだけどさ。こういう場所も知っておきたいかと思って」
「うん……ありがとう」
セレナはまるで何かに惹かれるかのように、フラフラと足を進めた。
「とってもきれいな場所だね。知らなかったらお墓ってわからないと思う」
「市長の方針で整備に力を入れてるみたいなんだな」
ラピスの街のお墓は、かなり入念な手入れがされている。
死者が穏やかに眠れるように。
亡くなった人をしっかり弔えるように。
そんな願いが込められている気がした。
それはきっと、この街の人と人との繋がりが深いことを示しても居る。
「ここで眠る人達の顔の大半を、きっと私は知ってる」
「なんの自慢?」
「自慢じゃないよ。子供達が成長して、大人になって、家族を迎えて、年老いて、天命を終えて。そんなふうに、何人もの人の生涯を見てきた」
「さっきも似たようなこと言ってたね」
「穏やかな土地に人が集まって村が出来た。その村に商人もやってきて、自治会が出来て、村は街になった。そんなラピスの歴史を、私は一緒に辿ってきたんだ」
「ふぅん、想像もつかんな」
そこで私は、ふと疑問を抱く。
「セレナにとって、ラピスの街はどんな街だったの?」
「私にとって……」
「だってずっと見守ってきたんでしょ。何かしらの感慨とかあんのかと思て」
セレナは思案するようにどこか遠くを眺める。
思いを馳せている。
それが分かった。
歩いていると、大きな墓標が見えてきた。
その墓標の前で、セレナは足を止める。
「どったの? 街の創始者のお墓の前で」
「これ……私のお父さんだ」
「お父さん?」
墓石にはヨシュアと書かれている。
それが街の創始者の名前らしい。
「ヨシュア……うん、覚えてる。お父さんの名前。私が寂しくないようにって、周囲を自然公園にして、毎日毎日お世話をしに来てくれた。街のことできっと忙しかったのに、雨の日も、猛暑の日も、嵐の日も、私を見て守ってくれた」
「ほぉーん、優しい人だったんだ」
セレナはそっと頷く。
「思えば昔の街の人は、毎日私に会いに来てくれたな。今日も元気だね、立派に育ってねって言ってくれた気がする。でも、その人達も居なくなって、徐々に世代が移ろって。私は神木って言われるようになったけど、私に会いに来てくれるのはフレアさんだけになった」
「寂しかった?」
しかし、意外にも言葉に彼女は首を振った。
その顔には、何故か笑みまで浮かんでいた。
「多分、嬉しかった」
「嬉しかった?」
「フレアさんは私にとって大切な友達で、街の人達はまるで自分の子供のような存在だった。お父さんの街は、今も絶えず栄えていて、沢山の人がいる。私に会いに来る人はもういなくなったけど、それは元気な証拠でもあると思うから」
それは、まるで地母の女神の様な優しい顔で。
私は気づいたんだ。
「分かったかも。セレナにとって、ラピスの街は故郷なんだ」
「故郷……」
「魂が繋がってる場所。帰るべき場所ってこと。文字通り、根を張る場所とでも言えば良いのかな」
「根を張る場所、か……」
セレナは、ヨシュアさんの墓石に手を触れる。
「うん、そうかもしれないね」
何だか妙に湿っぽい空気が流れる。
こう言う辛気臭いのは苦手だ。
何だか話題を変えたくなる。
「しっかし懐かしいなぁここ。私が桜の魔法を使った場所じゃん」
私が言うと、セレナは目を丸くした。
「桜?」
「そう、東洋の美しい木でさ。向こうでは春ごろにピンクの花が咲き誇るらしいんだよね。その花を一瞬だけここで再現したの」
「へぇ、良いなぁ。でも、どうして桜を?」
「死んじゃったお母さんに安らかに眠って欲しいって頼まれてね。チェリーブロッサムの花びらを再構築したんだ。そしたらたいそう喜んでくれてね。私を神と崇め奉って、土下座までされて大変だったよ」
私の仰々しい嘘にセレナは乾いた笑いを放つ。
苦笑すんな。
「じゃあその子にとって、桜は大切な思い出の花になるね」
「多分そうだね」
「いいな。私も、記憶に残る花を咲かせてみたい。オークの木は花を咲かせないから。今度は、無骨なオークじゃなくて、もっともっと、人を楽しませる……ラピスの街の人達に、喜んでもらえる存在になりたいな。そうやって、もらうだけじゃなくて、私からも何かを渡せるようになりたいの」
セレナの言葉の端々には、この街を愛してやまないと言う感情が感じられる。
それなのに、もうすぐ彼女は死ぬ。
街を何百年も見守ってきた神木。
その最期が、汚染されて燃やされる。
それは、あまりに残酷な事実に思えた。
そして、最期の日はやってきた。
今ならわかる。
その日を、私は生涯忘れないと。
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