第6節 かつての弟子
祈さんに作業を任せて、私と少女は街を見回ることになった。
怒られるかと思ったが、意外にもすんなりと祈さんは許してくれた。
「良いんすか? 一人で作業なんて大変でしょ?」
「まぁ、もしあんたの言うことが本当だとしたら、木の精霊の願いも聞かずに燃やしちゃうなんて、寝覚めが悪いからね」
祈さんも、やっぱり御神木を燃やすことに抵抗があるんだ。
後ろめたさや、罪悪感。
平気そうに見えるけど、辛い感情を抱いている。
その上で、誰かがやらなければならないことをやろうとしてくれている。
そのことに、私は感謝しなければならない。
結界を抜け、私達は自然公園を出て街を巡る。
まもなくして、街の中心にある大きな時計塔広場に出た。
「子供たちが楽しそう」
「街に出るのは初めて?」
「うん。ずっとあの公園に立ったままだったから」
少女は、心から嬉しそうな顔をする。
その朗らかな顔は、とても魔物には見えない。
「それにしても、名前なんて呼ぼうかね? テメェとかファッキンクソビッチとか呼ぶわけにもいかんしね」
「まともなのが一つもない……」
呼び名か。
精霊に呼び名をつけるのは初めてだ。
おしゃれな名を決めてやらねばならない。
そう、センスがあって、可愛らしく、知性を感じさせる、魔女メグ・ラズベリーの品格が滲み出るような名を。
私の脳内フォルダが火を吹く。
「うむむむ、うぐぐぐ、うごごご……」
「品性もないくらい汚い顔してるけど大丈夫?」
「言いすぎじゃない?」
精霊のくせに口が悪い。
その時、私の頭の中に電流が走った。
「降りてきた……!」
「降りてきた?」
「お前の名はセレナじゃ!」
「セレナ?」
少女がピクリと反応する。
「そう。セレナイトって半透明のきれいな鉱石から取ってみた。きれいな白い石でさ。その白い肌と髪によく似てるから、どうかなって」
「セレナ……」
少女はその名を口に出すと、小さくうなずいた。
「うん、素敵。気に入った。セレナ、セレナかぁ」
何度も噛みしめるように呼び名を口にする。
今まで数百年以上呼び名がなかったのだ。
よっぽど嬉しいのだろう。
「そこまで喜んでくれると私も嬉しいよ。難産だった私の子、大事にしてあげておくんなまし」
「急に嬉しくなくなって来たな……」
セレナを連れて、私はラピスの街を巡った。
オネットのパン屋。
お気に入りのカフェ。
街一番の市場。
古くて腕の良い時計屋。
「わぁ! すごいすごいすごい!」
どこへ連れて行ってもセレナは楽しそうな声を上げる。
こんな地方都市でここまで大喜びするのか。
中央都市ロンドに連れて行った日には発狂死するかもしれないな。
「ねぇ、メグちゃん! 次はどこに連れて行ってくれるの?」
「次っていっても大体見回ったしな。田舎町だから限界があるぞっと……」
とあるレンガ造りの一軒家の前で、私は足を止める。
そんな私を見て、セレナは不思議そうに首をかしげた。
「メグちゃん、どうしたの? 急に止まって」
「ここ……私の知り合いの家なんだ」
「へぇ、古くて素敵な家だね」
「あんた何でも素敵認定するんじゃないよ」
物珍しげに眺めていたセレナは、やがて庭に目を留め、どこか表情を曇らせた。
「でも、随分庭が荒れてるね」
「庭?」
「うん。せっかく、たくさん花が咲いているのに……」
「あぁ、それは、この家の家主がもう居ないから」
「居ない?」
私は静かに頷く。
「死んだんだ、去年。フレアばあさんって言う、私の祖母みたいな人だった」
フレアばあさんは去年老衰で亡くなった。
その最期を看取った事は、記憶に新しい。
フレア婆さんの葬儀は厳かに進み、故郷であるラピスの街に骨を埋めることになった。
その息子であるエド夫妻は、フレア婆さんの家を売ることも考えたそうだ。
だが、「街に戻るきっかけがほしいから」と、踏みとどまった。
住民の居ない家はすぐにダメになる。
だから、近々知り合いに家を貸す予定らしい。
エドも、仕事に折り合いをつけたら、家族と共にこの街に戻るつもりなのだろう。
それが、何年先の話なのかを、私は知らない。
「フレア……」
セレナはその名を、静かに口にする。
「私、多分その人のこと、知ってる」
「えっ?」
「いっつも私の元まで散歩しに歩いてきてくれた。幼い頃から、大人になって、結婚して、家族が出来て。老婆になっても、毎日毎日、私に会いに来てくれたんだ。そっか……死んじゃったのか。土地も人も、巡っていく。分かってるけど、寂しいね」
セレナはどこか、遠くに目を向ける。
「私はね、まだラピスがほんの数人しかいない村だった頃に植えられたんだ。ずっと何代も前の町長さんと、二人の魔女が居たのを覚えてる」
「魔女?」
「うん。ファウストって名前の古い魔女。知ってる?」
「知ってるも何も、私のお師匠様だよ」
するとセレナは目を丸くした。
「えっ? ファウストって、まだ生きてるの? とっくに死んだものとばかり」
「勝手に殺すな。くたばるどころか、年々元気になって困ってんだよこっちは」
「へー、魔女って長生きなんだね……」
でも、考えてみればそうか。
お師匠様は、セレナよりもずっとずっと長生きなんだ。
セレナがいくつかはわからないけれど、恐らくその二倍以上は長生きしてる。
改めて見ると、途方もない時間だと思った。
「そう言えば、二人魔女が居たって言ってたよね。もう一人は?」
私が尋ねると、セレナは首を傾げた。
「もう一人は分かんないかなぁ。でも、多分当時のお弟子さんだったんだと思う」
「弟子……」
お師匠様が私以外に弟子を取ったという話は初耳だった。
「その人、どんな人だった?」
「どんな? えっと、黒髪で、聡明そうな人だったなぁ」
「聡明かぁ。じゃあ、顔は私によく似てたってことだね」
「ぜんぜん違うよ?」
「殺すぞ」
そこでセレナは「あっ、そうだ」と声を上げる。
「確かお弟子さん『エル』って呼ばれてた気がする」
「黒髪で、聡明そうな顔立ちで、名前がエル……?」
その瞬間、私の脳裏に、一人の女性が思い浮かんだ。
災厄の魔女エルドラ。
世界で最も恐れられ、忌み嫌われる魔女。
世界規模の戦争にも関わったと言うヤバすぎる人物である。
そんな人物が、お師匠様の弟子……?
考え難かったが、何故だかパズルのピースがハマるような気がした。
年齢不詳、正体不明の魔女エルドラ。
そのエルドラを「あの子」と呼ぶお師匠。
星の核プロジェクトへの参加。
お師匠様の行動の中心には、エルドラが居た気がしたから。
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