第5節 守り神

祈さんに渡された電話の主は、七賢人の一人『言の葉の魔女』クロエだった。

話すのは昨年末以来か。

私が電話に出ると、クロエは浮き浮きとした声で私を迎えてくれる。


「メグ! 久しいのお! ウヌから電話が来るのを待っておったぞ!」

「待ってたって、どゆこと?」

「精霊達が教えてくれたんじゃ。ラピスの街の精霊に異変が起こっておるとな」

「精霊」

「そうじゃ。わしは半分精霊と同化しておる。精霊の意思や、変化や、情報はわしの中に入ってくるんじゃ」


魔女クロエは、理の声を代弁する存在だ。

精霊は植物だけでなく、時計や本と言った無機物にも宿る。

その存在とつながり、意思を感じ取れるクロエは、世界と繋がっているに等しい。


「それじゃあクロエは、私の前に居る精霊に気づいてるってこと?」

「いや、その逆じゃ」

「逆?」

「ラピスに何やら巨大な精霊がいるのはわかる。じゃが、わしはそやつだけのじゃ。じゃから何か起こっていると感じた。祈から連絡が来たのは、ちょうどそのタイミングじゃ」

「精霊がいるのに分からないってどういうこと?」

「ネットワークが途絶えたパソコンみたいなもんかのう。精霊は全ての感情と情報を共有する存在じゃ。じゃが、ウヌの前におる精霊だけが、その意思のネットワークからしている」

「独立……」


それが何を示しているのかは分からない。


「メグ、今ウヌの前に居る精霊は、どんな姿をしている?」

「どんなって……めっちゃきれいな女の子だよ。私には負けるけど」

「なるほど、精霊の割には小汚いということか」

「殺すぞ」


そんな茶々を入れている場合ではない。

クロエには聞いておきたいことがある。


「ねぇクロエ、精霊が人の姿を象ることなんてあるの?」

「いや、通常、精霊が人の姿を持つことはない。わしのように、理と一体化するような特異体質でなければな」

「そうなんだ」

「メグ、ウヌの前に居るという精霊とは、コミュニケーションが取れるのか?」

「え? そりゃもちろん」

「なら、ますますおかしいのう」

「なんで?」

「精霊は集合体としての意思は持っていても、個体としての意思は持たん」

「じゃあ、個体としての意思を持ってるとしたら?」

「それはもう精霊ではない」


クロエの言葉は、内側から私を貫いた。


「良いかメグ、よく聞け。お前の前に居ると言う人型の精霊はな、魔物じゃ」




電話を切ると、祈さんは「どうだった?」と私に尋ねて来た。


「あんたが見えてるって言うその女の子のこと、なんか分かったの?」

「あ……えと」


私は気づかれないように少女を一瞥する。


「やっぱり精霊だそうです。魔力で力を持っちゃったみたいで。非常に珍しいって驚いていました」

「ふーむ、やっぱりそうか。じゃあ木を燃やす前に精霊を理に還してやんなきゃね」


つい、嘘をついてしまった。

きっとこの少女が魔物だと知ったら、祈さんは殺すように言う気がしたから。


私はそっと、目の前にいる精霊ドリュアスの少女に手をのばす。

少女は一瞬驚いた顔をしたが、特に嫌がる素振りも見せず、私の手を受け入れた。

頬に触れてみると、人間のような温もりが指先から感じられる。


本当にこんな少女が魔物だというのか。


魔力汚染された木の実などを口にしたせいで体の中の魔力が溢れ、自我を保てず凶暴化してしまった動物を、私たちは魔物と呼ぶ。


野生動物が魔物化し、獣害となる事件は過去にいくつもあった。

それは動物だけではない。

魔力汚染された人間が異形化して、殺人や人喰いをしたケースも存在しているのだ。


魔物がどれだけ危険な存在かは、私もよく知っている。

でも、普通魔物になれば、こんな風にまともに会話したりすることはままならない。

だからこそ、余計に私はドリュアスの少女が魔物だとは信じられなかった。


「あの……」


私が考え込んでいると、不意に少女が口を開く。


「あなた達は、私を駆除しに来たんだよね」


その言葉に、一瞬ドキッとする。


「どうしてそう思うの?」

「わかるよ。自分の体のことだし。あぁ、もう私長くないんだって感じるんだ」

「そっか……」

「それに、魔女が私の体に魔法式を書くなんて、駆除しか思いつかないしね」


何と声をかけてよいか分からず黙っていると、「ねぇ、魔女さん」と少女は私の手を取ってきた。


「私、最後にこの街を見たい」

「ラピスの街を?」

「ずっとこの街を見守ってきたから。最後に一度、見回ってみたいなって。それで、出来ればあなたに道案内をお願いしたいの」

「どうして私に……」


魔物化した精霊が街に出る。

実体がないとは言え、それはとても危険なことのように思えた。

どの様な影響が出るか分からない。

それに、もし彼女が完全に魔物化していたとしたら。

自分を認知できる魔女わたしを始末しようとするんじゃないか。

もし私が彼女に殺されでもしたら……脅威度は劇的に跳ね上がるだろう。

異形化した精霊を見つけ出せるのは、現存では私しか居ないのだから。


すると、少女は真っ直ぐに私の目を見つめてくる。


「私に何かあった時、あなたなら対処できるでしょ?」


その真っ直ぐな視線は、一切の曇りも偽りも感じさせないものだった。

彼女は、自分が精霊ではなくなっていることを知っている。

知った上で、自分の脅威を認知し、私に声を掛けてきたんだ。


そうか。

思い出した。

私がいま話しているのは、ラピスの街を何百年も見守ってきた守り神なんだ。

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