第4節 精霊ドリュアス

「もう、急に脅かさないでよ! びっくりしたんだから!」


地上に降りた私をプンプンした様子で少女が迎える。

切り傷もなければ、どこかに打ち付けた様子もない。

全くの無傷だ。


あの高さから落ちて、そんなことあり得るのだろうか。


何もない場所に少女が現れたかと思うと、人間離れした技を見せつけ、ケロッとした顔をしている。

一体どう言うことだ。


改めて私は、少女の姿をまじまじと見る。


透き通るような白い髪。

陶器の様な白い肌。

恐ろしく美しい整った顔立ち。


街の子供ではないということだけは確かだ。

こんな異質な外見の女の子、一度見たら忘れやしないだろう。

テレビの女優やモデルにも匹敵するような、目を奪われる外見の少女。


その人間離れした特徴に、私は一つだけ覚えがあった。


「クロエ……?」


私が呟くと同時に「何やってんの、メグ」と祈さんがどこからともなく姿を見せた。


「騒がしいから、落ちたのかと思ったわよ」

「すいません、実はこの子が木から落ちちゃって」

「この子……?」


祈さんは怪訝な顔をして、辺りを見渡す。


「どこにいんのよ?」

「いや、あんたの目の前や」

「誰も居ないけど。気でも狂った? あ、元からか」

「ほっほっほ、ふざけた顔でふざけたことを仰りおる」

「あぁっ?」


私が祈さんと睨み合っていると「無理だと思う」と少女は声を出した。


「そのお姉さんに、私は見えないと思う」

「お姉さんって歳じゃないよこの人。若作りしたババアだから」

「メグ、あんた死にたいの?」


そこで疑問を抱く。


「ちょっと待って。祈さんには見えないってどういうこと?」

「だって、あなたが初めてだったから」

「初めてって?」

「私の姿が見える人は、あなたが初めてなの」


頭の中で、何かのパズルがカチリとハマるような気がした。

私が以前会った七賢人の一人『言の葉の魔女』ことクロエ。

クロエは、人でありながら精霊と半分同化した体を持つ、理の声を聞く魔女だった。


そのクロエと、少女の外見は非常に似た特徴を持っている。

と言うことは、つまり。


「私は精霊。この神木に宿る、精霊ドリュアスなんだ」


精霊。

彼女は確かにそう言った。

言われてみると、精霊がまとっているような不思議な光を、少女は身にまとっている。

後光と言うか、虹色の薄い光が、体を包んでいるのだ。


確かに私には、普通の魔女が見えないものが見える。

精霊もその中の一つだ。

でも、私の知っている精霊と、彼女はまるで違う。

何故なら、私の知る精霊とは、光の珠のような存在だからだ。

フヨフヨと空気中をまとう、ケセランパサランの様な存在。

それが私の知る精霊の姿だ。

少なくとも、人間の姿をした精霊は見たことがない。

精霊と半分同化している、魔女クロエ以外には。


私が呆然としていると、祈さんが私の体をつついた。


「ちょっとメグ、戻ってきてもらっていい? さっきから一人で喋ってて怖いんだけど」

「祈さんは、本当に見えないんですよね?」

「そう言ってんでしょ」


私は、精霊の少女に近づくと、その手を取り祈さんの元まで引っ張っていった。

突然のことに、少女は戸惑いながらも抵抗はしない。

取った手をゆっくりと、祈さんの頬に当てる。


あっ……と思った。

少女の手は、まるで何もないように、祈さんの頬をすり抜けてしまったから。


本当に、この子は精霊なんだ。




祈さんに事情を説明して、どうにか理解してもらう。

最初は半信半疑だった彼女も、粘り強く説明するとやがて納得してくれた。


「まぁ、事情は分かったけど。本当にあんた、気が触れた訳じゃないのよね」

「だから何度もそう言ってんでしょ。ねぇシロフクロウ?」

「ホゥ」

「シロフクロウが言うなら間違いないか……」

「何故そっちは信じる?」


鳥よりも信頼度の低い私って一体何だ。

私も鳥になれば信用してもらえるのだろうか。

今夜はローストチキンが良いな。

色々考えた。


「それで、ドリュアスだっけ? そこに居るっていうのは」


祈さんの言葉に、少女は小さく頷く。


「そうみたいですね。でも祈さん、ドリュアスって一体……?」

「精霊の名前よ。ドルイドって言った方が分かりやすいかもね」

「ドルイド……?」


その名前はさすがに知っている。

木に宿るという、木の精霊の名前だ。


「木の樹齢が長いと、精霊も成長するからね。もしかしたら、長い間成長したこの御神木に魔力が大量に流れたことで、精霊が力を得たのかも」

「そうなの?」私は少女に問う。

「わからない」少女は首を振る。

「わからないって」祈さんに言う。

「役に立たないわね」祈さんは肩をすくめる。

「役に立たないって」私は少女に言う。

「聞こえてるよぉ……」


なんだこのピンポンみたいなやり取りは。

一人で疲れている私をよそに、少女は落ち込んだようにしゃがみ込むし、そんな彼女の様子には気づかず、祈さんは腕組みして考え込んでいる。


「精霊が人の姿を模する。そんなことあるのかしら」

「でも祈さん、確かドルイドは少女や少年の姿になるって逸話にありませんでしたっけ。火のないところに煙は……って言いますぜ」

「そう言えばそうね。でも、実際の事例では聞いたことがないわよ」


祈さんはふぅむ、と何やら考えると、おもむろに携帯を取り出し、電話を始めた。


「どこ掛けてるんです?」

「こういう時うってつけの専門家がいんのよ」

「専門家?」

「あ、もしもし? 急で悪いんだけどさ、ちょっと聞きたいことがあって――えっ? 分かってる? 何で?」


祈さんはしばらく電話の相手とやり取りしたかと思うと、不服そうに私にスマホを差し出してきた。


「あんたに変われって」

「私? 誰です?」

「出りゃわかるわよ」


私は恐る恐る、携帯を耳に当てる。

すると。


「メグ、久しいな。元気かのう?」

「え、もしかして、クロエ?」

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