第3節 謎の少女

この樹を駆除してやらないといけない。

祈さんは神妙な顔で、たしかにそう言ったのだ。


「でも、どうやるんですか? のこぎりもまともに通らないくらいなのに」

「燃やすのよ。魔法の炎で」

「燃やす? 伐採じゃなくてですか?」


私の問いに、祈さんは静かにうなずいた。


「いい? この樹の中には魔力が流れてる。それも、普通の樹と違って大量にね。それは私達にとっては、ガソリンが流れてるのと同義なのよ。魔法を使って、中の魔力に一気に火をつける。そうすれば、この大木を駆除できる」

「こんな巨木を燃やしたりして、街の人に影響が出たりしませんかね」

「バカね。もちろん結界は張るわよ」


樹を燃やす。

あまりに荒唐無稽で、そしてあまりに残酷な話にも思えた。

長年ラピスの街と共に在った御神木だ。

それを燃やすなんて、あんまりじゃないのか。

わかってはいるのだけれど、ついそう思ってしまう。


「伐採じゃ、ダメなんですか……?」


つい、そう訪ねてしまった。

樹を殺すという選択に変わりはないのかも知れないけれど。

生きたまま燃やすのは、あまりに人道に反する気がする。


すると市長のカーターさんも「私からもお願いです」と頭を下げた。


「祈さん、この樹は長年街を守り続けてきてくれました。その最期が、生きたまま燃やされるのはあまりに可哀想な気がします。結末は変わらないかも知れませんが、せめてしっかりと見送ってやりたい。何とか、手立てはないのでしょうか」


しかし、祈さんの口から出たのは「ダメよ」という無情な言葉だった。


「この規模の樹になるとね、もう幹を切ったくらいじゃ止まらないの。根から全部殺さないと、被害を止めることは出来ない。そして確実にそれが出来るのは、魔力を炎に転化させて延焼させることしかない」

「そんな……」

「メグ、あんたも七賢人の弟子なら覚悟を決めな。人間が長年土地を開拓し、薬品を垂れ流し、汚染と破壊を続けた。その結果がコレなんだ。そしてあんたの師匠は、その尻を拭うために、今必死で頑張ってる。そうでしょ?」

「はい……おっしゃる通りで」

「市長も、分かってちょうだい。これは、この街を守るためなんだから」

「はい……おっしゃる通りで」

「市長、真似しないでくださいよ」

「いや、つい……」


どこか緩い空気が流れつつも、私達の内心は沈んでいる。

祈さんの言うことはもっともだった。

これだけ魔力汚染の話題がテレビに流れ、お師匠様がそれに深く関わっていても、私はどこか、その話が遠い世界のおとぎ話のように思えていたのだ。


他人事で、自分には関係ない。

そう思っていたのかもしれない。


役所に戻ると言う市長を見送り、私達は駆除の準備を始める。

この巨大な樹を根こそぎ焼くには、いくつかの魔法構築をしなければならない。


まずは結界の構築。

これをしないと樹がどんどん成長してしまう。

魔法を吸わせないように、根が街まで到達しないように。

この樹を囲んで、表に出さないようにする。


次に炎が表に出ないよう、延焼魔法用の結界も構築する。

大規模な炎が上がることが予測されるから、間違っても街の建物への引火は避けねばならない。


それから公園全体に結界を施し、他の木々を保護しなければならない


さらにその上で、延焼魔法の構築。

御神木全域の魔力を反応させるよう、魔法式を枝の細部まで記述する。

本来であれば数十人掛かりの魔導師が必要となるが、そこはさすが七賢人。

二人でもどうにかなるという。


「やばいですねこの作業。一ヶ月は掛かりそう」

「一ヶ月も掛けてらんないわよ。三日でやんのよ。馬車馬のように働きなさい」

「シェェェ……」


私は木々の細部に筆を使って魔法式を書く。

樹の上に乗って作業するのだが、これがまた危ういことこの上ない。

一応使い魔のシロフクロウにも着いてきてもらった。

落ちた時助けてもらうためだ。


「ふぇーん、怖いよう、寒いよう、面倒くさいよう」


クスクス……。


不意に、どこからか人の笑い声がした気がした。


「なんぞ?」


私が辺りを見渡すも、誰の姿もない。

いるのはシロフクロウぐらいだ。


「シロフクロウ、私のこと笑ったでしょ?」

「ホゥ?」


私が問うも、シロフクロウはキョトンとした顔をする。

どうも嘘をついているようには見えない。

でも、こやつは頭が良いからな。

私くらいの賢さならすぐに騙せるのかも知れない。


「誰が鳥頭以下じゃぶち殺すぞワレェ!」


私が一人でブチ切れていると、再びどこからか声が聞こえる。


クスクス……クスクス……


その笑い声は、シロフクロウじゃない。

女の子だ。

女の子が私を笑っとるのだ。

耳を澄ませるのだ、メグラズベリー。

目標はすぐ近くにいる。


「そこじゃああああああああ!!!」

「きゃあ!」


私が脳に血管を浮かべながらズビシと指を指すと、近くの枝に座っていた少女が驚きの声を上げて落ちていった。


ん? 少女?

何故こんな地上十数メートルの場所に少女がいるのだ?

違う、そんなこと言ってる場合じゃない。


「シロフクロウ!」

「ホゥ!」


私が指を鳴らすと同時に、シロフクロウはものすごい速さで少女に向かって飛んでいく。

枝葉を縫うようにして飛んでいくシロフクロウは、ぐんぐん少女との距離を縮める。

あと少し……。


「ダメだ! 間に合わない!」


私は凄惨な光景を思い浮かべ、思わず目を逸らす。

しかし、いつまで待っても何かが落下したような衝撃音は聞こえてこなかった。

不思議に思い、恐る恐る目を開ける。


「あービックリした」


目が飛び出るかと思った。

少女は、片手で近くの木にぶら下がっていたからだ。

見たところ私とそう歳は変わらなさそうなのに、何という膂力りょりょく


「もう! ひどおい! 急に驚かせるなんて!」

「えっ? す、すめん?」


もはやどのように謝るべきかも忘れ、私は唖然とする。

一体何が起こった?

訳がわからないまま、階下でプンスカ怒る少女を、ただただ私は眺めていた。

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