第2節 異形の神木

祈さんと市長と三人で、私達はラピスの街の自然公園へと向かう。


「いや、しかし驚きましたな。まさか英知の魔女があそこにいらっしゃるとは」


市長の言葉に祈さんは頷く。


「出張で近くに来る用事があってね。ファウスト婆さんがほとんど帰れてないって言うから、様子見がてら泊まってたのよ」

「あんたウチをホテルか何かと勘違いしてませんか」


私のツッコミに「良いでしょ、こうやって手伝って上げるんだから」と祈さんは動じず返す。


「でも、まさか起きて早々に厄介事に巻き込まれるとは思わなかったわ」

「すんまへんなぁ、お師匠様なしのメグ・ラズベリーはあまりに無力なんどすわ。そう、赤ん坊に腕相撲で吹き飛ばされるほどにね」

「偉そうに言うな」

「まぁ、祈姐さんなら楽勝でしょう。ぱぱっと樹を伐採しちゃいましょ」

「簡単に言ってくれるわね」


祈さんは怒る気もなくしたらしく、そっとため息を吐く。

何だかんだ言って面倒見は良い人なのだ。


「でも市長、その樹って相当でかいんでしょ?」

「はい。樹齢百年は優に超えますな。街一番の大木です」

「そっか」


祈さんは一人で頷くと、「厄介なことにならなきゃいいけどね」と不穏なことを呟いた。

そうやってすぐ人の不安を煽るのはやめて欲しい。


やがて私達は自然公園へとたどり着く。

自然公園と名がついているにも関わらず、園内の植物は妙に元気がなかった。

冬の終わり際とは言え、こんな風になるのは珍しい。

以前来た時はもっと緑が生い茂っており、芝生もしっかり整っていたはずだ。

なのに、今はほとんどそれが見られない。


「芝生、ハゲ上がっちゃってるわね」

「ええ、もうすっかりとハゲてしまってまして」

「本当だ。すっかりとハゲてる」


私が市長の頭髪を見ながら頷くと、市長はサッと手で頭部を隠した。

無駄な抵抗はよせ。


やがて奥へとたどり着くと、市長は目の前を指差した。


「お二人とも、これが件の神木です」

「これが……樹?」


御神木の姿を見てすぐに異常に気がつく。

目の前にあるものは、もはや樹と呼べる代物ではなかった。


それは、異形だった。


枝が異常発達し、冬のこの時期にも関わらず夏場のように葉が生い茂っている。

伸びた枝はあまりの大きさに地面までしなだれていた。

最も異質なのは根だ。

まるで侵食するかのように伸びた根は、地面を掘り起こして、辺りのコンクリートに蔦のように張り付いている。

その情景は、ゆっくりゆっくりと獲物を飲み込む蛇のようにも感じられた。

見ていて酷く不気味に感じられる。


「何だこれ……」


絶句している私をよそに、祈さんは樹の根にそっと触れると「ずいぶん酷いことになってるね」と言った。


「メグ、予想以上にマズいよこれは」

「そうなんすか?」

「祈さん、何が起こっているのか、我々にも教えてはいただけませんか?」と市長。

「簡単に言うと、魔力を吸いすぎて変質してしまってる。この変質っていうのが結構厄介でね。生態系に大きく影響する可能性があんのよ。中東地方ではね、大規模な砂漠が生まれて、今かなり問題になってる。これはその兆候とよく似てるわね」

「となると、ラピスの街も砂漠になってしまうと?」


冷や汗を流しながら市長が言うと、祈さんは無情にも頷いた。


「中東で砂漠を生んだのはね、たった一本の樹なのよ」

「樹?」


「ちょうどこんなふうに魔力を吸いすぎて異常発達した樹が出てね。根がどんどん伸びて、コンクリートも突き破って、建物を倒壊させ、存在していた植物を根こそぎ枯らしていったの。幹が強すぎて伐採も出来なくてね。周辺百キロメートル四方の川は枯れ、土壌は荒れ、土は痩せて。土地をすっかり死の土地に変えた後、ようやく成長を止めたんだ」


「じゃあ、この樹も放っておいたらいずれは?」


私が尋ねると、祈さんは首肯する。


「街の植物を全て枯らして、根が街を破壊するでしょうね。もちろんメグ、あんたの魔女の森も例外じゃないよ。最悪の場合、中央都市ロンドまで及ぶ可能性もある」

「そんなに……」


私が以前この樹を見た時、たしかにもう長くないことは悟っていた。

でも、まさかそんな災害みたいなことになるだなんて思っても見なかった。

私は、植物をずっと扱ってきたのに、魔力汚染のことをずっとずっと甘く見てしまっていたのだ。


「メグ、やるよ。今この樹は駆除してやらないと行けない。あんたの愛した、この街を守るためにね」

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