第5節 魔法試合

魔法会館にある演習場と呼ばれる屋外広場に私達は立っていた。

サッカーのフィールドのような広い空間で、スポーツの試合会場として使われることもあれば、魔導師による魔法イベントでも使われることもあると言う。


「ふわぁ、こんな場所あるんだ……」

「ここは特別な芝生を用いていてね。魔法を使っても燃えたり傷んだりしない、特別な効果を持っているの。とは言っても、地震を起こしたり、土壌をめくるような魔法は無効化されてしまうからね」

「へぇ、研究されてるなぁ」


会場内には特殊な結界が張り巡らせれており、自由に魔法のパフォーマンスを行うことを可能にしているとローズマリーは言った。


私は足元の芝生の感触を確かめる。

ふわふわしていて、触り心地が良い。ハリもある。

スポーツ会場として使われる理由もよくわかる気がした。


「本当は事前の使用許可が必要なのだけれど、今日は特別に使わせてあげる」

「田舎魔女がゾル家に喧嘩を売るなんて百年早いってことを思い知りなさい」

「世の中には、人の上に立つべき人間と、そうでない人間が居るの」


偉そうな言葉をゾル家三姉妹が並べ立てる。

もはや誰が誰かもよく分からない。

私は見分けることを諦めた。


「勝負は単純。魔法で試合をして、敵を圧倒したほうが勝ち。単純でしょ?」

「なるほど。で、そちらは三人居るわけですが、私の味方は……?」


老魔女たちを振り返ると、彼女たちはサッと目を逸らせた。

誰も一緒に戦ってくれる気はないらしい。


「私の味方はお前だけかぁ」


私がカーバンクルに手を伸ばすと、彼はサッと私の手をすり抜けローズマリーの元へと駆けて行く。

なるほど、君もそっち側なのね。


「私達ゾル家は三人で一つ」

「三人で私達の真価は発揮される」

「あなたも七賢人の弟子ならば、受け切ってみせなさい」

「良いよ良いよ! やってやろうじゃん! 三対一だろうが千対一だろうが何でも良いよ!」


半ば泣き叫ぶように私はフィールドへと躍り出るとやけくそ気味に手を振った。

ゾル家三姉妹は互いの顔を見合わせ頷き合うと、どこからともなく箒を取り出し、ふわっと浮かび上がる。

私の頭上を三人の魔女が飛び、それぞれがそれぞれ呪文を唱えだす。


「青天 霹靂 雷 起これ」

「雲満ち 広がれ 五月雨 起これ」

「天罰 てきめん 泣き 叫べ」


するとぐるぐる回る三人の間に途端に雨雲が満ち溢れる。

私が跳躍強化の魔法を自分にかけている間に、途端にフィールド全域が真っ黒な雲に覆われていた。


「何だぁ……? こりゃあ」


呆然としていると、不意に閃光が走り「パァン!」という音と共に私の足元が弾け飛んだ。

思わず「ぎょへぇ!」と叫び声を上げて飛び跳ねる。

見ると、先程まで私が立っていた場所が焼き焦げていた。

雷が走ったのだ。


「何で!? 詠唱魔法は十二節唱えないと生まれないのに!」

「言ったでしょ? 私達は三人で一つ」

「一人四節唱えれば」

「魔法術式を発動させられる」

「そんなんあんの!?」


ゾル家三姉妹は独特の呪文式を展開しているようだ。

術式を並列して唱えても発動出来るようアレンジしているのだろう。

などと言う考察をしている場合じゃない。

逃げねば。


「あっはっは! 見て姉さま、逃げ惑うゴキブリみたい」

「情けない姿ね! メグ・ラズベリー」

「七賢人の弟子はこんなものなのかしら?」

「うぐぐぐ、おごごご、ぢくじょー!」


私が跳躍するとその場所に正確に雷が落ちてくる。

一歩でも油断すれば足を焼かれて終わりだ。

落雷の電圧は一節では最大十億ボルトにも及ぶという。


「演習なのに殺す気か!」


私がうさぎのようにぴょこぴょこ跳ねていると、更に三姉妹に動きがあった。


「この魔法、それだけじゃなくてよ」

「ふぇ……?」


思わず空を仰ぐと、いつの間にか三姉妹の姿が消えていた。

一体どこに行ったんだ……? そう思い、すぐに気づく。


消えたんじゃない。

隠れたんだ。

雷雲の高度が下がり、……!


フィールドを覆い隠すように雷雲が満ち溢れる。

視界が真っ黒な霧に覆われ、自分がどこにいるのかもわからない。

嫌な予感がした。


「横薙ぎに走る雷から逃げられるかしら?」


姉妹の声が天から聞こえると同時に、すぐ真横を雷が走った。

ゾル家の魔女たちは雷鳴満ち溢れる積乱雲を地面に落とすことで、フィールドを高域の山岳地帯と同じ状況に変えてしまったのだ。


「ひぃええええええ!!! おがーぢゃーん!!」


私は泣き叫びながら必死でフィールドを走る。

頭上では三姉妹の高笑いが響き渡っていた。


「ほらほら、逃げるだけじゃ勝負には勝てなくてよ」

「おマヌケで無様な姿。田舎魔女にはお似合いだわ」

「伝えておきなさい。これがゾル家の実力だって」


相変わらず好き放題言ってくれる。

でも、私だって好きでフィールドをぐるぐる走り回っているわけじゃない。

今に吠え面かかせてくれよう。


「メグ! 大丈夫かい!?」


ローズマリーの心配する声に、私は手を掲げて答える。

その姿はターミネーター2のラストシーンのようだったそうな。


そう。

私がただ逃げ惑っているだけだと思うな。


「ねぇ姉さん、妙じゃない?」


ゾル家の誰かが気づいたのを、私は聞き逃さない。


「あれだけ雲の中を走り回ってるのに。あの子、全然雷に打たれない」

「そう言えば、雲の流れがおかしいような……」

「見て、姉さま! 雲が渦を巻いてる!」


徐々に頭上で三姉妹の動揺が広がる。

馬鹿め、もう遅いのだ。


「行けぇ!」


私が叫ぶと同時に、事は起こった。

フィールドの中心に、どデカイ竜巻が発生したのだ。

発生した竜巻は、たちまち雷雲を巻き込み、霧消させる。

隠れていた三姉妹の姿があらわになった。


「そんな……!」


ゾル家の魔女たちが驚愕の表情を浮かべる。

そう、私はただ闇雲に雷から逃げていたわけじゃない。

走りながら、ソフィ直伝の魔法構築術で空中に魔術式を展開し、雷避けをしつつ気流を起こしていたのである。


以前までの私だったら、この規模の魔法を発動したら三日は動けなかっただろう。

確かにデカイ魔法を一発で起こそうとすると魔力の消耗は激しい。

しかし小さい魔法をいくつか発動させて、それらを相互作用させ、化学反応を起こせば。

僅かな魔力消費でも、大魔法級の現象を引き起こすことが出来る。


そうした技術は、祈さんやソフィの魔法を間近で見て学んだことだ。

私は確実に成長を遂げていた。


「だぁーっはっは! どうじゃ見たかクソがっ! これが魔女メグ・ラズベリー様の実力じゃい!」


巻き上がった竜巻を眺めながら高笑いする。

だが、どうにも姉妹の様子がおかしい。

何だか箒がぐらついており、酷く危うかった。


「姉さん! バランスが!」

「気流が乱れて飛んでられない!」

「へっ?」

「もうダメ! 落ちる!」

「姉さま!」


竜巻により乱された気流に耐えられなくなり、三姉妹の中の一人がバランスを崩して落ちてきた。

私めがけて。


「ちょちょっ! こっち来るんじゃないよ!」

「きゃあああ! どいてぇ!」


落ちてくるのは長女のアイシャか。

なんて言っている場合じゃない。

やばい。

このままでは二人とも衝突して大怪我だ。


身をかわそうかと思って足に力を入れるも、ふと思い留まる。

アイシャは頭から地面に向かって落下していた。

私がもしここでクッションにならなければ、首の骨を折るかもしれない。


「くそっ! 漲れ 力 滾れ 膂力――」


咄嗟に腕力強化の魔術を構築するも、もう目の前まで迫ってきている。

ダメだ、間に合わない。

私が死を覚悟して目を瞑った直後、腹部にとてつもない衝撃が走り、私は「ぐふぅっ!」と言う雑魚キャラが唱えそうな断末魔と共に気を失った。

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