第4節 そんなはずじゃなかったのに

結局あの後も私は会議の間中イビられ続け、散々絞り倒される羽目になった。

会議前に天まで伸びていた鼻っ柱も今ではボキボキだ。

休憩時刻になった頃にはすっかりくたびれ、館内食堂の机にぐったりと倒れこんだ。

その様子は枯れ果てた雑草のようだったという。


「誰が田舎魔女で? 貧相で? 地味な暮らしをしてるって!? 私じゃー! クソがー!」


ああも的確に本質を言い当てられてしまってはどうしようもない。

何だかんだ言って私は素直だった。


「ふぇーん、ムカつく、疲れた、もう最悪じゃあ」


机に頬をつける私の顔をカーバンクルが舐めてくれる。

そのいじらしい毛並みに思わず顔を埋めて鼻水を拭った。

カーバンクルが絶望の表情を浮かべる。


「メグ、大丈夫かい?」


いつの間にかローズマリーが私の対面に座って心配そうな表情を浮かべていた。

他の老魔女達もどこからか集まって来る。


「心を強く持つんだよ」

「昔から復活の速度と打たれ強さには定評があるのです……」

「そう、なら良いのだけれど」


ホッと安堵した様子のローズマリーに、私は疑問をぶつける。


「この会議の代表ってローズさんなんですよね? なのに、何であの三人がサバトを仕切ってんですか?」


すると、少し沈んだような空気が辺りに立ち込めた。

何か聞いたらマズいようなことを言っただろうか。

まるでお通夜だ。


すると、他の老魔女達が口を開いた。


「数年前からこんな感じだよ。ゾル家の当主が『今後はうちの娘が取り仕切る』ってローズさんから役目を奪っちまったのさ」

「アタシはローズさんが良いんだけれどねぇ。ゾル家はサバトに多額の出資をしてるから、誰も逆らえないんだよ」

「なるほど……」


いわゆる大人の事情、というやつか。

サバトと言えば中央都市が取り仕切るものだ。

だが、そこにゾル家が出資する形で介入してきたのだ。

何だかんだ言って経済的な援助はでかい。


ゾル家の評判があまりよろしくないのも、強引な手段のせいだろう。

しかしローズマリーは「仕方ないわ」と相変わらずの穏やかな表情で言った。


「役割は受け継がれるもの。次世代の子を育てるための舞台を用意してあげなくちゃ」

「でも、アレはちょっとキツ過ぎません? 毎回あんなのじゃ、いずれ誰もサバトに参加しなくなっちゃうよ」


たまらず私が言うとローズマリーは「そうねぇ」と頬に手を当てた。

どうして良いのか、彼女も分からないでいるんだろう。


中央都市ロンドを取りまとめてきた偉大な魔女ローズマリー。

彼女の実力があれば、ゾル家の三姉妹など太刀打ち出来るはずがないのだ。

格が違う。それだけはわかる。


そこで私の頭の中に、一つのアイデアが浮かんだ。


「そうか……舞台を用意すれば良いんだ」

「舞台?」


首を傾げるローズマリーに、私は頷いた。


「ゾル家の三姉妹に、格の差を見せつける! 魔女としての実力をね」

「魔法の力比べをするってことかしら?」

「そう! この世は競争社会! 弱肉強食の世界なんだ! だから実力の差を見せつければきっとあの三人娘の心もポッキリと折れて大人しくなるはずだよ!」


私の発言に、周囲の老魔女達が拍手を上げる。

凄いアイデアだねぇ、力比べは悪くないわ、若いって良いねぇ、発想がゴリラ、次々と賛美の声が上がった。一つ賛美ではなかった気もしたが、気にしてはいけない。


ただ、ローズマリーだけがどこか浮かない顔をしていた。


「せっかくのサバトなのに、競争だなんて……」

「せっかくのサバトだから、力を見せる必要があるんだよ! じゃないとゾル家はどんどん増長しちゃう。そのうち中央都市に住みだして、今度はローズさんの席を奪うかも。そうなる前に戦うんだ」

「でも、悪いわ。怪我をしてしまうかも知れないし」

「大丈夫! 私、こう見えても薬学の知識があるから! 少しくらいなら癒やしの魔法だって使えるよ!」

「そうは言ってもねぇ……」


するとローズマリーの様子を見ていた老魔女たちが「ローズさん、遠慮することないよ」と私の背中を後押しする。


「チャンスなんだ。こんな機会ないんだから、頼りなよ、ローズさん」

「でも……」

「そうだよ。せっかくメグちゃんが私達の代わりに戦うって言ってくれてるんだから。その厚意を無駄にしちゃいけないよ」


うん?


「魔法比べで、それも三対一だなんて、メグが怪我してしまわないかしら」


まてまてまて。


「大丈夫よ。だってメグちゃんはあのファウスト様の一番弟子なんだから。きっと七賢人に継ぐ、凄い力を見せてくれるはずさね」


なんでやねん。


おかしい。

私としては、こう、ローズマリーが凄い魔法を見せつけることで事を終えるはずだったのだが。


何故か私が一人で三人と戦うことになっている。


リンチやん。

リンチですやん、そんなん。

やられますて。大怪我ですわ。


どう言ったものかと逡巡していると、ローズマリーが私の方を真っ直ぐ見る。

ローズマリーだけじゃない。

この場にいる、全魔女が私を見ていた。


「良いのかい? メグ……」


良くない。

などと言えたらどれだけ良いだろうか。

もはやこの状況において、断る選択肢は与えられていなかった。


私は、ゴクリと唾を飲み、カラカラの口を開く。


「えっと――」

「話は聞かせてもらったわ」


聞き覚えのある声が食堂に響き、私の発言は飲まれた。

皆がその方向へと目を向ける。


ゾル家の三姉妹が腕組みして立っていた。


妙に配置バランスが整っていることから、それが彼女たちの定番ポーズであろうことは容易に想像がつく。


いや、それよりも、彼女達の発言のほうが問題だ。

話は聞いただって?

呆然とする私に向かって、ズカズカと長女のアイシャが睨みをきかせ、綺麗な金髪をなびかせながら近づいてくる。


「そこの田舎魔女と私達ゾル家三姉妹で勝負しようって言うんでしょ。なんて愚かなのかしら。田舎魔女ごときに足元をすくわれるゾル家じゃなくってよ」

「いや、私はね――」


何とか言い訳しようとしていると「構わないわ、姉さん」と次女のアイナが口を挟む。


「こういう時じゃないと私達ゾル家の実力は示されない。その子が七賢人ファウスト様の弟子なのなら、私達が叩き潰す相手としては最適じゃない」

「だから、それは誤解で――」


すると三女のアウラも「そうよそうよ」と同調した」


「七賢人の愛弟子と圧倒的な差を見せつけたゾル姉妹。この話題をきっかけに、私達の事を世間に知らしめましょうよ」

「そうじゃなくて――」

「そうね。私達が世界に出るとっかかりとしては丁度良いかも」

「あのね――」

「何言ってんだい、メグちゃんはあんた達になんか負けやしないよ」

「そうさね、何せあのファウスト様の弟子なんだから」

「えっと――」

「あら、じゃあ何で今まで話題の一つすら出てこないのかしら。きっとろくな魔法も使えやしないのよ」

「その――」

「そんなもの、やってみないと分からないじゃないか」

「うぉーい! 話聞いて!?」


もはやヒートアップしすぎて誰も私の話なんか聞いちゃいない。

老魔女達もゾル家三姉妹も、当人である私とローズマリーを置いてけぼりでどんどんヒートアップしている。


私はキレた。


「分かったよ! そこまで言うならやってやろうじゃん! ルール無用、三対一で結構! 全員ずったんぼっこんのギトギトにしちゃうもんね!」

「やんややんや」


こうして、私とゾル三姉妹の魔法比べが決定した。

大丈夫なの? とカーバンクルが顔を覗き込んでくる。


ふふ、ふふふ。

私は薄笑いを浮かべた。

大丈夫な訳ねーだろ。


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