第4節 守れない約束

次の日。

懲りずにラピスの街にやってきた私は、とある人物と待ち合わせをしていた。

私が待ち合わせの相手に手を振ると、彼女は「もう、メグ遅い!」と頬を膨らませる。


親友のフィーネである。


「まぁぷりぷりしなさんな。言うて五分くらいでしょ」

「二十分よ!」

「なるほど?」


この間のメアリの一件以降、私は外に出ることに怯えていた。

あの悪魔の視線に、今も見られている気がしてしまう。


「それにしても……何であんた頭にフクロウ乗せてんの?」


フィーネは私の頭上を訝しげに眺める。

私は使い魔のシロフクロウを頭に乗せて歩いていた。

その姿はまるで大道芸人のようだったそうな。


「ちょっと見張りを立てておかないとまずい事態になっててね。それで視野の広い人材を採用したんだよ」

「いや……確かに視野広いだろうけどさ。また何かやったの? 今度は人殺しとか……?」

「はっはっは、戯言を」




シロフクロウにしばらく巡回するように言った後、私たちはオネットの店とは違う少し小さなカフェに入た。

適当な注文をして一息つく。

するとフィーネは「でっ?」と話を切り出した。


「今日は何の用だったの? ただの遊びの誘いじゃないでしょ?」

「えっ? どうして?」

「顔見たらわかるよ。何年友達やってると思ってんの。何か、悩み抱えてるんじゃないの? 私で良かったら聞くよ?」

「そうやって嬉しい言葉と可愛い仕草で男をたぶらかしてんだろこの売女」

「あんた殺されたいの……?」


フィーネは呆れた様子でため息を吐く。

彼女の言っていたことは図星だった。

今日私がフィーネを誘ったのは、メアリについて聞くため。


先日のカフェでの一件で、メアリがフィーネのご近所さんだったことがわかった。

メアリはフィーネのことをよく知っている風だったし、付き合いがあるのだろう。

だからフィーネなら、メアリの家庭の事情について何か詳しい情報を握っているのではないかと思ったのだ。


「実はさ、フィーネの近所に住んでるメアリって女の子について聞きたくて」

「メアリ? 確かに知ってるけど……でもどうして?」

「ちょっとのっぴきならない事情があってね」

「ふぅん? まぁ別に良いけど。私も時々話したりする程度だから、そんなに詳しいわけじゃないよ?」

「別に良いよ。分かる範囲で。それで、メアリの家庭についてこう……何というか、暗い噂とかない? 虐待の可能性とか、実は再婚した連れ子だったとか」

「何それ。ゴシップでも探してんの?」

「良いから」


フィーネは最初こそ訝しげな表情をしたが、私が本気で言っているらしいと分かると真剣な顔をした。


「メアリの家の暗い噂ねぇ。昔から仲良い家族だったし。再婚とか、連れ子だったとかも聞いたことないけど。あ、でも」

「でも?」


私がぐいと身を乗り出すと、すこし気圧されたようにフィーネはたじろぐ。


「う、うん。父親のテッドさんを以前街で見かけたことがあったんだけど、ずいぶん暗い顔してたなって。お母さんに聞いたら、事業で失敗したとか何とか」

「事業で失敗……」

「それでずいぶん落ち込んでたって。一時期変な人達とも交流してたみたいだし、なんか宗教にハマったんじゃないかって噂が立ったこともあったよ」

「宗教って、何の?」

「分かんない。そのまま特に確証もなく、テッドさんも落ち着いたから、いつの間にか噂も消えてたな。勘違いだろうってことになったんだと思う。もし宗教にのめり込んだとしても、一時的なもので今はやってないと思うよ」

「なるほど……」


そこまで言ったあと、フィーネは「そう言えば」と思い出したように付け加えた。


「あぁ、でもペンダントみたいなのつけているの、この間見たなぁ」

「ペンダント?」

「うん。なんかシルバーで出来た五芒星みたいなの。良い年した大人がつけるアクセサリーじゃないよね。昔の名残なのかなって」

「ふむ」


五芒星のアクセサリ。

怪しい人々。

事業の失敗。

気になるワードがいっぱいだ。

一度、調べてみても良いかもしれない。


「ねぇメグ。いい加減教えてよ。こんな話させて何になるのか」

「えっ、うん。ただの趣味って言うか……」

「はぁ?」

「いやぁ、あのメアリって子が生意気でさ。仕返ししてやろうって思って、ご近所さんのフィーネタソに色々聞いたんだけど、微妙に使いづらいネタばかりで困っちゃうよねぇっへっへ」

「あんたねぇ……」


呆れた様子のフィーネに、私はヘラヘラと笑う。

だが、彼女の表情はどこか浮かなかった。


「また危険なことしようとしてない?」

「え? 何のことですかな、お嬢さん」

「嘘が下手くそ」


豪速球のディスはいとも簡単に私の心を貫く。

私は耐えきれなくなり「すまぬ……」と声を出した。

すると、生意気な我が子を見るかのように、フィーネは慈愛に満ち溢れた表情を浮かべる。


「言えない事情があるんでしょ? それなら、無理に話さなくて良い」

「フィーネ……」

「でも、これだけは約束してよ。危ないことはしない、ちゃんと無事でいるって」

「結婚しよっか」

「バカ」


ごめん、フィーネ。

約束は守れないかもしれない。


いつか、お師匠様が言っていた。

魔法の世界では、自分の迂闊な行動が、時に他者を危険に巻き込むことがあると。


悪魔憑きの話を一般人にするのは、タブーだ。


「良いかい、メグ。軽率な噂は、呪いの認知を広げる。人ならざる者は自分の存在を認識した者に語りかけるからね。魔力のない無知な人間が悪魔を知る事は、命取りになる。口に出す話題には、気をつけるんだよ」


その言葉を、私は今も忘れない。

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