第2節 災厄の儀式

幼い頃から、人には見えないものをよく見た。

魔力の流れを視認する魔女には、それはよくある事だ。


ただ。


私が見る物の中には、普通の魔女に見えないようなものも数多くあった。

そう言ったものの正体を、私は知らない。


未知の存在は異界と同じくらい現界にも存在するのだとお師匠様は言う。

魔法を扱うとは、その一端に触れているにすぎないのだと。


「メグ、あんたの目は世界の未知を知ることが出来るのさ。普通の人や魔女より、ほんのわずかにね」

「おししょうさまは見えてないの?」

「千里眼はね、時と距離を超えられても、世界の仕切りを超えるものじゃないんだ」


私は目の魔力が強いのだと、幼い私にお師匠様は何度も言った。

それは私の資質なのだと言う。


だとすれば。

メアリに刻まれた烙印もまた、私にしか見えないものなのかもしれない。




「メグ、なんて辛気臭い顔してるんだい」

「ふぇ?」


夜。

夕食の席で神妙な顔をした私に、お師匠様は訝しげな表情を浮かべた。


「牛乳は昔から好物だろ」

「めちゃんこ好きです……」

「ミートソースの味もそう悪くないよ」

「会心の出来です……」

「じゃあステーキが食べたかったのかい」

「何で飯のことばっかやねん!」


私が思わず突っ込むと、お師匠様は愉快そうに笑った。


「なに、ほんの冗談さね」

「変なネタ挟まないで下さいよ……」

「それで、どうしたんだい」


千里眼を持つ『永年の魔女』ファウストにとって、人の心を読むことなんて雑作もないはずだ。


過去にどんなことがあり。

未来に何が起こるのか。

全てとはいかなくても、そのをも見抜く力が、千里眼にはあると言う。


でも、お師匠様はそれをしない。

魔法の制約もあるのだろうけど、理由は別にある。


世界を見抜ける千里眼を持つからこそ。

お師匠様は、人と向き合うことを求める。


何故なら、心を見抜かれると知れば、人は誰もが萎縮するからだ。

そうすれば、誰も自分に近づかない。

誰も心を開かない。


だから、魔女ファウストは言葉を使って私に問うのだ。


「話してごらん」


私は少しだけ逡巡した後「実は」と口を開いた。


「昼間、ちょっと気になるものを見てしまって」

「気になるもの?」

「メアリって女の子の首筋に、火傷みたいな跡があったんです。けど、それが私にしか見えていないみたいで」

「見えない?」

「はい。何だか紋章みたいな形をしていて」


いつかソフィに習った魔法構築術を用いて空中に描いて見せる。

すると、少しだけ室内の空気が変わった気がした。

お師匠様の表情が、先ほどとは打って変わって曇っている。


「メグ」

「はい」

「悪いことは言わない。その子には近づかない方が良い」

「えっ?」

「その印はね、悪魔の烙印だ」

「悪魔……?」

「悪魔の生贄に捧げられたんだよ、メアリは。悪魔信仰者の手によってね」


誰かが、悪魔崇拝によりメアリを生贄に捧げた。

その事実に、私は静かに息を飲んだ。

お師匠様は神妙な顔で私を見ている。

大きな瞳に、強張った自分の表情が写っていた。


「生贄って、一体誰が……?」

「そこまではわからない」

「千里眼をもってしてもですか?」

「悪魔と契約を結ぶとね、未来も、過去も、闇に閉ざされちまうのさ。悪魔の力は、それほどまでに強大なんだよ」

「使えないババアだ」

「おだまり」


お師匠様はそこまで言うと「ただ」と付け加えた。


「悪魔と契約するにはいくつか条件がある。例えば血を触媒に用いたり、髪の毛を百本用意したりね。どれも簡単なことじゃないから、恐らくは身近な人だろう。親しい友人、親戚、それから……家族」

「家族……」

「生贄を捧げることで悪魔は人に力を与える。特に、身内を生贄に捧げる人間を悪魔は好むからね。人知を超えた智恵であったり、未来を読む力であったり、いずれも通常では手に入らない莫大な加護を望んだ可能性がある」

「そんな……そんなことのために、あんな小さな女の子を?」

「良いかい、メグ。魅入られた人間っていうのは愚かだ。欲に魅入られた人間は特にね。残念だけどその子は助からない」

「助ける方法はないんですか?」

「メグ」


お師匠様は私の問いには答えず、ただ静かに私の腕を掴んだ。

ギュッと握るその手の力は強い。

まるで大切な物が連れて行かれないよう、必死に掴んでいるみたいだ。


「悪魔信仰に関わって死んだ魔女は少なくない。その子に関わるんじゃない。死の宣告の期限が来る前に、あんたが先に死んじまうよ」




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