第2節 今日の晩ごはん
「どうなってるのさ、訳わかんないよもう」
私がテーブルに顎を乗せると「キュウ」と可愛らしい鳴き声を上げて、使い魔であるカーバンクルが頭の上に乗って来た。
私の対面には、親友のフィーネが呆れ笑いを浮かべ紅茶をすすっている。
私は彼女の家で愚痴を聞いてもらっていた。
「私の集めた涙を見てるかと思いきや、突然『魔法は禁止だ~』だって。どないなっとんねん。ホンマぶち殺すぞクソが」
「口悪……。まぁ、何か事情があるんじゃないの? 気に入らないからとか、調子乗ってるとか、そんな下らない感情で理不尽を言い渡す人じゃないでしょ」
「それはまぁ……確かに」
言われてみればそうだ。
お師匠様はあまり意味のないことはしない。
お師匠様が私に下した指示や命令にはいつも何か意味があった。
私の学びにつながる何か。
私の気づきにつながる何か。
だから私は、それを見つけなければいけない。
自分で考えることの重要性を、私は知っている。
それは、お師匠様から教わったことだ。
「魔法を悪用したりしちゃったんじゃないの」
「んなわけないよ。殺されるわ。こちとら何年選手や思とんねん」
「街の人からクレームがあったとか」
「ないないない。そもそも、涙流すくらい喜んでんのにクレームとかあった日にはあたしゃもう大暴れですよ」
「ふー、難しいなぁ……」
フィーネはそっとため息を吐くと、ふと気になったように首を傾げた。
「そもそも、嬉し涙ってそんな簡単に手に入るもんなの?」
「ま、私もさ、難しいと思ってたんだけど、コツを掴んだらそんなだったね。女子供や疲れた会社員なんかを狙うとさ、意外とあっさり手に入るんだよね。ボロいもんだよ。慣れちゃった」
「詐欺師みたいだよ」
呆れ笑いを浮かべつつ、彼女は紅茶を啜と「でもちょっと残念だな」と呟いた。
「コツとか慣れとか、あんたの口からそう言うの聞きたくなかったかも」
「なんで?」
「嬉し涙って、その人にとって一番の喜びの表現じゃん。だから、一つ一つ大切にしてた頃のメグの方が、私は好きだったな」
一つ一つ大切に。
何故だかその言葉は、私の胸の中に引っ掛かった。
「別に今も雑に扱ってるわけじゃないよ」
「まぁ、それなら良いんだけど」
確かに、ずっと嬉し涙を集める喜びを噛みしめるのは正直不可能だ。
初めて涙を手にした時と、今の感覚が全く一緒かと言うと、正直そうではない。
今だって、手にした涙を時々眺めることはある。
ここ最近だって、夜な夜な眺めてたから動物達からクレームが来たんじゃないか。
でも、それは涙を集められて嬉しかったからではないような気がした。
私は増えていく涙を見て、自分の実力を感じていたのだ。
これだけ集められるようになったぞ、と……。
自己顕示欲、と言う言葉が脳裏に浮かぶ。
「一粒一粒の重み、大事にしなよ」
まるで私の思考を見透かしたかの様に、静かにフィーネは追撃する。
「一年間で千粒も集めるんだよ? ただでさえ難しいし、そもそも命懸ってんだから。ずっと大切にし続けるなんて、不可能じゃない?」
「まぁ、そうかも知れないけどさ。ファウスト様は『感情の欠片が使い物にならなくなる』って言ったんでしょ? それって、あんたの中で、嬉し涙の価値が落ちてるってことじゃないの?」
「それとこれとは別な気がするけど」
小さく反抗してみる物の、自信はあまりない。
するとフィーネはそっと優しい笑みを浮かべた。
「人が悩んどんのに何笑っとんねん」
「いや、散々文句言う割には、ちゃんとファウスト様の言いつけを守るんだなって思って。メグって何だかんだ根は真面目だよね。ちょっと見てて面白いかも」
「お嬢はん、見せもんとちゃいまっせ」
くだらない話をしていると、ふと時計を眺めて「あ、いけない」とフィーネは立ち上がった。
「ごめん、この後約束があるんだった」
「親友である私を差し置いて他に何の用があると言うのか。よもや、男ではあるまいな?」
「それはまぁ……ちょっと、ね?」
「えっ? ガチで?」
「また詳しく話すから」
半ば追い出されるような形で、私はフィーネの家を出た。
突然の親友の変貌に、私は内心呆然とし、トボトボとあてもなく歩き出す。
フィーネに男が出来たなぞ、聞いたこともなかった。
そもそも気配を感じたこともなかった。
私ですら作ったこともないのに。
友達がどんどん大人になっていく。
「はぁ、そりゃそうか。フィーネタソは学生、私はどこぞの婆さんの小間使いだもんね……」
私が肩を落としていると、二匹の使い魔がどこからともなく私の元にやってくる。
頭を撫でてやると、二匹とも嬉しそうに目を細めた。
「私にはお前たちだけだよ。知ってる?
すると、私の言葉にサッと二匹が距離を取るのが分かった。
シロフクロウがどこかへ飛び去る。
カーバンクルの背中をつまんで私の前に持ってきても、気まずそうに目を逸らす。
そうか、君たちもそう言う感じなんだね。
「今日の晩ごはんは焼き肉だね」
温度のない私の声に、腕の中のカーバンクルが震えた。
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