第3節 誰も私を見ない

あてもなくトボトボと歩いていると、いつの間にか住宅街を抜け、ラピスの中心街へと来ていた。

ここには市場や飲食店、服屋などの商店が多数存在する。

平日昼間でも比較的人が多く、主婦や老人はもちろん、スーツを着たサラリーマンの姿も多数見られる。


「そういやここだっけ、この間嬉し涙を手に入れたのは」


広場まで来て、ふと数日前のことを思い出した。



確かあれは、まだ若い会社員の男の子だった。

大事な商談が潰れて、途方に暮れていたところに声をかけた。

仕事が大変で、毎日夜遅くまで仕事して、ようやく掴んだ商談がご破算になって。

なんかもうどうしようもないところに、私が近づいたのだ。

たまたま近くにカフェがあったから、そこでコーヒーを買って渡してあげた。

少し寒かったけれど、話を聞いて、持ってた薬草でお香を作って渡して上げた。


いつの間にか彼は嬉し涙を流していた。

久しぶりに、人の優しさに触れた気がする。

確かそんなことを言っていたっけ。



「あの時何か言った気がすんだよなぁ。なんて言ったっけ?」


カーバンクルに尋ねるも首を振られる。

覚えてないと言うよりは、知らないと言った調子だ。聞いてなかったのだろう。


「うーん、泣くってことはよっぽど良いこと言ったんだよね、私。いやね、確かに齢十七歳の乙女に話を聞いてもらったなんて、感涙してもおかしくはない出来事だろうけどさ」


私の言葉に何故かカーバンクルはやれやれと首を振る。なんだぁ? てめぇ。


とは言え。

確かに私は、ただ話を聞いてあげただけで大したことはしていない。

そもそも彼ってどんな顔をしていただろうか?

それすらも覚えていなくて、何だか罪悪感。

とにかく数をこなしていたから、一々人の顔なんて覚えていられないのだ。

人と向き合うのはそれなりに時間が掛かるし、労力も要る。


「だってさ、泥臭く時間かけて一つ得るのと、効率よく立ち回って百を得るのとでは全然違うじゃん。結果が伴わなくても大変な思いをした方が偉いなんてもう古いよ」

「キュイ?」


ただでさえ私には時間がないのだ。

それに進捗も遅れている。

今は、早く遅れを取り戻さなければならないのに。

お師匠様は魔法を使うなと言う。


「はぁ……もう、魔法を使っちゃおうかな」


ここまで短期間に集められたのは、運もあるかもしれないけれど、一重に私の実力がついたと言うことでもあると思う。

だから、後は自分の実力だけでもなんとかなるんじゃないだろうか。

そんな気もする。


でも、何故だかそれではいけないような気がした。


「魔女さん、こんにちは」


ハッとして顔を上げる。

全然知らないおじさんが立っていた。

いや、見覚えがあるような気もする。

誰だっけか。


「あぁ、どうも、こんちは」


適当に会釈して通り過ぎる。

すると次はおばさんが「この間はありがとうねぇ」と声をかけてきた。

例に違わず覚えはない。


「いやぁ、あれくらいどうってことないですよ、なはは」


そしてまたそそくさと逃げるようにその場を離れる。


「あ、魔女のお姉さんだ」

「こんにちは、魔女のお嬢さん」

「メグさん、この前はありがとう」

「あ、メグだ!」

「メグちゃんだ! おーい」

「魔女さん、今日も元気そうねぇ」


何だ何だ。

歩く度に、大して覚えもない人達から次々に声をかけられる。


以前から街の人から声をかけられることは少なくなかったが、今日はちょっと異常だ。いつもの倍くらい呼び止められる。

ここまで沢山の人に声をかけられるのは、何だか初めてな気がした。


そこで私は一つの可能性に思い至った。

ああ、そうか。

ソフィとパレードをやったからだ。


世界的魔女のソフィ・ヘイター。

世界に名を轟かせる若き天才。

その美しく儚げな容姿と人柄、そして人智を超える魔法は、人々の心を魅了する。


そんな彼女と私は、この地方都市ラピスの街でパレードをした。

あの一件はテレビや新聞でもニュースになっているようだから、知らない人が私を知っていてもおかしな話ではない。


「大衆の抱く感情なんて現金な物だよ。あのパレードがなかったら誰も私に声をかけて来たりなんかしないんだから」

「キュ?」


私の言葉に、カーバンクルは静かに首を傾げる。

何だよ。

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