第6話 魔法のない夕暮れの空は
第1節 見習い魔女、女になる
世界的魔法使い『七賢人』の一人、ファウストの家にはここ数日、奇妙な笑い声が響いていたと言う。
ぐふ……ぐふふふ……ぐふ……
まるで深淵から響くような不気味な声。
それは日に日に広がっていく。
そう、まるで夜闇のように……。
「ふひひひ、ぐふひひひ」
「だー、もう! 五月蝿いよ、メグ!」
自室で私が笑っていると、突如としてお師匠様が怒鳴り込んできた。
えらい剣幕だ。
「何ですかお師匠様。人の憩いの時間に」
「あんたがここ最近、夜中に不気味な声を出すからだろう!」
「不気味な声……? 十七の乙女が放つ清々しくも美しい笑い声が?」
「四十のおっさんみたいな声して何言ってんだい。それに私だけじゃない。使い魔達からもクレームが来てるんだよ」
「小動物達からも?」
お師匠様はどこからともなく手紙を取り出す。
私が何気なくその手紙を開くと、そこには『メグがうるさいのでどうにかして欲しい』と少し
「へぇ、上手いもんですなぁ。動物なのに文字を理解してるとはやるもんだ。……ねぇシロフクロウ?」
私が声をかけるとシロフクロウはビクリと体を震わせる。
「文字を理解出来る知恵の持ち主はそう居ないもんねぇ。確か以前も、熱心に文字を勉強してたよね。ところでお師匠様、東洋では焼き鳥と言う串料理がありまして、手羽先、皮、ぼんじりなんてのが美味いらしいですよ」
温度のない声で言うとシロフクロウはガタガタと震え出す。
今にも痙攣して気絶しそうになった時「お止め」とお師匠様は静かに言った。
「使い魔驚かせてどうすんだい。そもそも、夜中に不気味に笑うお前が悪いんだろう」
「普通に笑ってるつもりだったんだけど……」
そこでお師匠様は、ふと私の机に置かれている小ビンに目をやる。
嬉し涙が入ったいつものビンだ。
「何だい、ずいぶん溜まってるじゃないか。これ見て笑ってたのかい」
「まぁ、その通りでゴンス」
机に置かれたビンには、三十粒の涙が入っていた。
お師匠様はそれを手にすると、チャプチャプと左右に振る。
「ふむ、嬉し涙が二十二、その他が八ってとこかい」
「前から気になってたんですが、それって八粒は使えないって事ですかね?」
「さてね……お前の集めた涙はどれも清らかな物だから、代用する手段も探せば見つかるだろう。感情の欠片って言うのはそれだけ強い力を持っている。先ずはつべこべ言わず千粒集めることを考えな」
「ああ、なら良かった。千粒集めなきゃダメな上に嬉し涙が出るかどうかってなると無理ゲーですしね」
「ふむ……」
私が胸を撫で下ろすも、お師匠様の顔はなんだか浮かない。
チャポチャポと、何かを確認するようにビンを振っている。
「この涙はどうやって集めたんだい?」
「え? どうって、街の人を助けたり話聞いてあげたり、まぁ色々ですよ。これでも苦労してんですよ、あたしゃ」
「にしては急に大量に集めるようなったじゃないか」
「そりゃあもう慣れましたから」
「慣れ……?」
私はフフンと頷いた。
「最近私も鼻が効くようになってきましたからね。ヤンチャそうな子供を連れた親子やら、体の弱そうな老人やら、すぐ困りそうな人を見つけては狙いつけてるんですよ。後は病んだ会社員とかに優しくしてあげたりね。涙集めなんてもう楽勝っすわ」
「ずいぶん大口を叩くようになったじゃないか」
「私もそれだけ成長したってことですよ。何せ世界のソフィと大仕事をこなしましたからね」
先日ラピスの街で行った異界祭りのパレードを経験して、私の魔法のコントロール力は目に見えて上がっていた。
あの時は魔法を乱発し過ぎて動けなくなったけれど、練習を続けるうちに魔力の調整や力の入れ方も分かってきた。
魔法の知恵は追々つけていくとしても、技術力があれば怖くはない。
それが、私に自信を持たせてくれていた。
すると、お師匠様はしばらく難しい顔をした後「メグ」と私を見た。
「お前、しばらく魔法禁止だね」
「はっ?」
突然の言葉に目を丸くする。
しかし、お師匠様はそれを気にしている様子はなく、平然としていた。
私はわなわなと口を開く。
「な、何故です」
吐いた声は震えていた。
「このままじゃ、お前の持つ感情の欠片が使い物にならなくなるからだ」
「どうして」
「胸に手を当てて考えてみな。この答えは、お前が見つけなきゃならない。私が教えたんじゃ意味ないのさ」
お師匠様はそう言うと、静かに部屋を出て行った。
私を一人置いて。
「はっ?」
私の声が、静かに響く。
「はっ?」
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