第18節 夜空の花
人混みを抜けて広場へと戻らねば。
しかし広場へ近づけば近づくほど、人口密度は激しさを増し、進むのは不可能になる。
カーバンクル達のパレードが通り過ぎたことで、皆が祭りのフィナーレを見ようとしているのだ。
どうしたものかと考えていると、ふと見えた街一番の時計塔の存在に気がついた。
「あそこしかないか……」
しかしながら問題はどうやってあそこまで進むのか、だ。
このままではフィナーレの時間に間に合わなくなる。
間もなくソフィの魔法も最終段階に入ろうとしている。
その時不意に、ソフィの魔法に紛れて、空に白い何かがいることに気がついた。
よく見るとそれはシロフクロウだった。
目立たぬよう魔法に紛れ込んで飛んでいるのだ。流石賢鳥。
私は思い切り手を振ったが、シロフクロウが気付く様子はない。
「ならば!」
私は素早く近くの塀に登ると、天に向かって思い切り指笛を鳴らした。
瞬間、シロフクロウが私を見つけ、方向を変え向かってくる。
その頃には、私は既に十二節の魔法を唱え終わっていた。
タイミングを見計らって思い切り塀の上からジャンプする。
歩く人たちが悲鳴を上げ、落ちてくる私に思わず身構えたその時。
私の身体は巨大なシロフクロウに乗って、遙か高みへと昇りきっていた。
観衆の悲鳴が一転、歓声へと変わり、大きな拍手が上がる。
「どうよ? 私のパフォーマンス。結構やるでしょ?」
シロフクロウに声をかけるもそのリアクションは薄い。
この程度では認められんと言いたげだった。生意気な奴め。
「とにかく行くよ! まずはソフィを回収!」
私が指差すと、シロフクロウはソフィの元へと一気に滑空する。
広場で私を待っていたソフィは、突然現れた巨大な鳥にまるで虚を衝かれたかのように目を丸くした。
そのまま流れるように通り過ぎ際にソフィの体を抱き抱えて宙へと運ぶ。
抱えた瞬間「グフッ」と呻き声がした気がするか気にしない。
一連の可憐な動作に観客からおぉ、と声が上がった。
こうしたリアクションはとても気持ちが良い。
「どう、ソフィ。私もやれば出来るでしょ」
見るとソフィがグッタリとしていた。
まるで死にかけの魚だ。
「ズベリー……後でお前をコロス……」
どうやら抱えた時の衝撃が腹に入ったらしい。
シロフクロウは淡々と私達を時計塔へと運び、到着すると私達を降ろした。
大きな鐘がついているこの時計塔からは、ラピスの街が一望できる。
「一応手すりついてるけど、スカスカだから落ちないように気をつけてね」
「分かった」
遙か階下では、街中の人が集まり私達を見上げている。
さっきまではソフィを中心に生まれていた空間も、今ではギチギチに人が満ちている。
皆が私達のフィナーレを見に来ているのだ。
「綺麗な場所」
ソフィは月を見上げながら静かに呟く。
空に満ちる満月がソフィを照らしていた。
「ここはさ、普段立ち入り禁止なんだよ。時計塔の管理者しか入れないの。でもこうして入り込めちゃうのは、魔女の特権だね」
「沢山人がいる」
「みんな私達を見に来てくれてるんだよ。多分、いつもソフィがやっているパレードも、これくらい……ううん、もっと沢山の人が見に来てくれてるはず」
ソフィは、どこか遠い視線を観客に向けている。
「パレードをする時、いつもみんなが喜んでくれてるのを思い出す。その姿を見た時、不思議と気分が高揚した。魔法なんて大嫌いなはずだったのに、良かったって思えた」
「ソフィはさ、本当に魔法嫌いなのかな」
「どうして」
「嫌いだったらさ、そんなに極められないよ、魔法」
私はそう言うと、ソフィを残して再びシロフクロウの背中に乗り、ニッと笑った。
「私はソフィの魔法好きだよ。だから自信持ちなよ」
「偉そう」
ソフィは呆れたように肩をすくめる。
そのやり取りが、何だか楽しい。
「それじゃあ、後は頼んだよ」
私が合図すると、私を背中に乗せたシロフクロウが空へと羽ばたく。
今夜のパレードは、体力勝負だ。
私は魔法で白い玉を構築し、それを空に解き放つ。魔力の色彩を込めた魔力玉だ。
するとその玉に向けて、ソフィが魔法で構築した光の矢を放った。
矢は狙いを違わず正確に魔力玉を撃ち抜く。
その瞬間だった。
祭典の夜空に花が咲いたのは。
美しく煌く閃光が空を彩る。
魔法により、鮮やかな色彩を孕んだそれは、連鎖的に他の魔力玉にも引火し更なる閃光の花を拡大させた。
我ながら惚れ惚れする出来だが、見惚れている場合じゃない。
わたしは休む間もなく次の魔力玉群を構築すると、さらに解き放ちソフィに合図を送る。
間髪入れずにソフィがそこに矢を放ち、閃光を上げた。
途切れさせないように、空に花が咲き続けるように。
私はシロフクロウと共に空を巡り、魔法を構築し続ける。
百発、二百発……数えきれないほどの数を。
やがて、何発の花火をあげたのだろうか。
不意に、私の意識が揺らめいた。
視界が揺れ、急に物が二重に見える。
しまった。
魔力を使いすぎた。
普段こんなに魔法を乱発することがなかったから油断していた。
魔力コントロールが全然出来ておらず、出力し過ぎたのだ。
予想外の速度で意識がぼやける。
抵抗してる暇も、我慢する余裕もない。
着いた膝がシロフクロウの羽毛の中に沈む。
七賢人のソフィがあれだけ長時間の魔法を撃ってもケロリとしているのに、私はもうダメなのか。
マリーさんとウーフ君は、ちゃんと会えたんだろうか。
倒れそうになった時、不意に誰かが私の身体を支えた。
支えてくれたのは、お師匠様だった。
「メグ、お前にしちゃ良くやったよ」
「お師匠様……? どうして?」
「弟子のことくらい把握してるのが師ってものさね」
千里眼を持つお師匠様には、やっぱり叶わない。
「お師匠様も花火を……?」
「するわけないだろう? 今日の主役はお前たちだよ」
するとお師匠様は、合図するように不意に手を上げた。
ソフィはその様子に応えるように静かに頷く。
かすむ視界の中、私はソフィが全身に不思議な魔力反応を発していることに気がついた。
「後は任せて」
ソフィのそんな声が聞こえた気がした。
直後。
彼女の身体から魔法が発動され、空を埋め尽くすような、一面の花火が咲いた。
連鎖する花火は、先程とは圧倒的に異なる量と迫力で咲いていく。
絶え間なく咲き誇るその夜の花は、どこか私に例年の花火を思い起こさせた。
「すごい……」
「メグ、よく見ておきな。これがソフィの本領だからね。お前が挙げた花火は全部で五千。残り二万五千発は、ソフィが上げるんだ」
「はは……さすが七賢人……」
するとお師匠様は、何かに気がついたように階下を見下ろすと「見な」と私の上体を起こした。
どうにか身体を支えて階下に視線を向け、すぐにその言葉の意味に気がつく。
ウーフ君とマリーさんが、一緒に花火を……私達を、見上げていた。
ウーフ君はフードを被っておらず、私は彼が自分の口から正体を告げ、自分の殻を破ることが出来たのだと知った。
そして、マリーさんはそれを受け入れた。
「よかった、会えたんだ……。ねぇ、お師匠様……やっぱり、魔法は、人を幸せにするんですよね」
「当たり前だろう。そのために、私達はいるんだから」
私はそう呟くと、不意に気付いた。
それまでずっと鉄仮面のようだったソフィが、嬉しそうな笑顔をこちらに向けていることに。
その笑顔を見て、何だか私まで笑顔になる。
こうして、異界祭りは終焉を迎えた。
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