第17節 祭典の終わりは華やかな光で始まる
パレード当日。
日が暮れ、空に美しい満月が昇った時。
ソフィは
このパレードが終わった時、
それは同時に、長かった夢の時間が終わろうとしていることなのかもしれない。
ソフィの周りには大勢の人が集まり、円を描くように一定の距離を置いて彼女を期待の目で見ている。今は私もその中の一人だ。
異界の住民も、人も、ここでは皆が共にある。
緊張が張り詰める中、ソフィは空に手を上げ、まるで妖精のようにクルクルと回り始めた。
その姿は、どこか踊っているように見える。
すると彼女の元に光の玉が集まるのが分かった。あれは光の精霊だ。
人前に姿を現さない精霊が、自らの姿を晒している。魔法で呼びかけたのだ。
大きな現象魔法を行う時、時々精霊の力を借りることでより魔法の規模や質を上昇させることが出来る。
でも難易度が高く、消費魔力が大きいので普通はやらない。私も、実践で精霊を呼んでいるのは初めて見た。
ソフィが集めている光の精霊は、これから行う一大パレードの強力なサポーターだ。
光の精霊が集まり、周囲に緊張が限界まで張り詰めた時。
不意に集まった精霊たちが、空へと駆けた。
閃光が走り、美しい幻想が広がる。
空に伸びた光は、やがて四方八方へと分散し、細やかな光の粒へと姿を変えた。
するとそれは、ヒラヒラとした動きを放って、光から生物的な物……蝶へと変化する。
魔力で生まれた色とりどりの蝶が天空を舞い、空を果てしなく美しく彩っていた。
さらに、突如として私達のいる街の広場が美しい月明かりに満たされた。
地面が仄かに輝きを放っていたのだ。
どうやら月明かりを魔法で反射させているらしい。
まるでそれは、大きな水盤に映った満月の上に立っているような錯覚を私達にさせた。
おぉ、と言う大衆の感嘆の声が上がると同時に、ソフィはパチリと指を鳴らす。
刹那、薄暗いラピスの街全域に光の閃光が広がり、魔法光で市内を輝かせた。
事前に市長のカーターさんにお願いして点灯する街灯を減らしておいたこともあり、広がった魔法光は美しくきらめく。
魔法はそれだけに止まらない。
お次は、ソフィの足元から炎が広がり、放射状に広がり出した。
触れても熱くない幻影の炎が、地を這うように私達の足元を駆け抜け、波のように広がっては消えていく。
感嘆の声を上げても追いつかないほど目まぐるしく魔法が重なり、空と地上を奇跡で埋めた。
その技量は果てしなく、そして自分が夢に入ったかの様な錯覚を抱かせる。
この場にいる全ての人が、ソフィの魔法の虜になっていた。
ラピスの街は、今、たった一人の魔女の魔法によって美しく染め上げられている。
桁違いの規模の魔法を連続して発動させ、連鎖し、共鳴させる。
そして、いつ魔法を発動しているのかもわからないくらいの手際。
その実力は七賢人の名にふさわしいと私に思わせた。
私もいつの間にか、その鮮やかな手さばきにすっかり見惚れてしまっていた。
しかしハッと意識を取り戻すと、慌てて首を振り、顔を叩く。
ここからが私の役割なのだ。
私は人混みから抜け出すと、ソフィの傍まで走り、口笛を吹いた。
するとどこからともなく駆けてきたカーバンクルが私の足元にやってくる。
その額にそっと親指を当て、私は静かに十二節の魔法を唱えた。
瞬間、カーバンクルの体が巨大化し、見たこともないほど大きな獣へと姿を変える。
その背中に乗ると、私は大声で叫んだ。
「お前達! 出ておいで!」
すると姿を見せたのは何百という小動物たち。
皆、お師匠様の使い魔だ。
小動物たちは、私の前に来ると、綺麗に整列する。
魔法パレードの開幕だ。
「進んで、カーバンクル。街中を巡るようにね」
「キュイ」
カーバンクルは私を背中に載せてゆっくりと大通りを歩き出す。
すると、その背中についてくるように小動物たちも歩いてくる。
可愛らしい動物の姿に、観客から黄色い声が上がった。
よしよし、受けてるな。
街中を歩きながら、仕込んでおいた小さな現象魔法たちを発動していく。
美しい色彩の雲が生まれ、レンガがまばらに輝きを放ち、ラピスの街をどんどん幻想的にしていく。
カーバンクルの美しい毛並みが月明かりを吸収して仄かな翠の光を放つ。
それもまた、幻想的な光景を生み出した。
空ではソフィーが広場で更なる魔法を生み出しているらしく、瞬きを惜しむほどの現象魔法が展開されている。
そして私が各地をまわり、小さな現象魔法を展開してパレードを進める。
このまま街をぐるりと一周して広場に戻ったらフィナーレを行う予定なのだ。
今やこの街は、どこにいても魔法の世界に彩られている。
そこで私は、カーバンクルの背中から見覚えのある人影を見つけた。
その人影は、私と初めて会った場所に足を運んでいる。
「後は任せた」
「キュ、キュイ?」
私がカーバンクルに言うと、あからさまにカーバンクルは狼狽した。
しかし知ったことではない。
後は動物達のパレードを見せておけば、とりあえずこの場はどうにかなる。
私にはもう一つ、やるべきことがあった。
カーバンクルの背中から降りると、私は人影を追いかける。
「ウーフ君、来てくれたんだ」
私が声を掛けると、目の前の狼男は「やぁ、魔女さん」とフードを取った。
満月のためか、いつもより強い力が漂っているようにも感じる。
「一応約束したからね。でも、こんな大事な時に待ち合わせをして大丈夫なのかい。今、魔法のパレードの最中だろ?」
「大丈夫だよ。長くは掛からないから。君には、言伝を一つ預かってるんだ」
「言伝?」
「『花火の上がる夜、あの小さな広場で、あなたを待ってます』って」
私が言うと、ウーフ君は驚いた様に目を見開いた。
「彼女はあなたに会いたがってる。だから、行ってあげてほしい」
「でも僕は……」
「狼男でも構わないって。マリーさんは、種族を気にしたりなんかしてない。去年と同じ様に、二人で花火を見たがっているんだ」
「でも今年、花火は上がらないんじゃ?」
そんな彼に、私は静かに首を振った。
「今年も、花火は必ず上がる」
「本当に……?」
「約束するよ」
ウーフ君はそう言う「そうか」と、空をそっと見上げた。
「毎年、空に昇るあの花火が僕に勇気や希望をくれていた。あの花火を見ると、何だか生きる活力が湧いてくる気がして……。辛いこともあったけれど、やっぱり花火を見たくて、僕はいつもこの街に来ていた」
「うん」
「ずっと前、狼に間違えられた時、この街で一人の女の子に会ったんだ。彼女は、どこかあの時の女の子とよく似ていた。だから、体調が悪そうなことにもすぐ気がついたんだよ。花火が昇る特別な夜に、僕は彼女と出会えた。でも、勇気が出せなくて、自分の正体を知られるのが怖くて、逃げ出してしまったんだ」
「今度は勇気出そう?」
「わからない。花火が上がったら、勇気を出せるかな。自分の気持ちに素直になれる勇気を」
「出せるよ。大丈夫」
私はそう言うと、ふと携帯の時計に目を落とす。
もう時間だ、行かないと。
「ウーフ君、どうか二人にとって、後悔のない選択をしてほしい。そして出来れば、パレードの最後を、二人で一緒に見てほしい。だって今年は今までにない、とっておきの花火があがるんだから」
「魔女さん……」
「もう私は行かないと。約束だからね。必ず、後悔しない選択をして」
「分かったよ」
頷いたウーフくんに、私はニッと笑みを浮かべた。
行こう。
いよいよ、パレードもフィナーレだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます