第16節 約束

異界祭りは明日で終わる。

私達のパレードも、いよいよ明日が本番だ。

学校で学園祭とかをするなら、こんな感じなのだろうか。

少しさみしいような、意識が現実に戻ってくるような、そんな気分。


その日の夜、帰宅して庭で魔法の鍛錬をしていると「熱心だね」とソフィが姿を現した。


「ソフィ、帰ってたんだ」

「二十時間以上も握手会をする趣味はない。指紋が消える」

「あはは、大変だったねぇ。ゆかいゆかい」

「ズベリー、よくも置いて帰った。お前を抹殺まっさつする」

「許して、お願い、許して」


下らぬ問答をするも、特に怒っている風でもないソフィはそっと近くの切り株に腰掛けた。


「何やってるの」

「指先でやる魔法陣の簡略化の練習。もう少しでコツが掴めそうだったから。パレードでやるには、まだちょっと不安があるんだよね」

「いざとなったら私がフォローする」

「うん。でも、自分でも出来るようになっときたいから」


辺りは静かで、空気は澄み、夜はここに満ち溢れている。

昼間も暖かったし、明日はきっと晴れるだろう。


「ズベリー、一つ聞きたい」


不意に、ソフィが口を開いた。


「何でそんなに一生懸命なの?」

「何が?」

「いつも他人のことで忙しそうにしてる」

「そうかな」

「現代人はそんなに人に干渉しない。ちょっと異常。気が狂っている」

「言われのない暴言」

「ズベリーが人に関わろうとするのは、ひょっとして嬉し涙が理由?」

「えっ?」


急に嬉し涙の話を振られてギクリとした。ソフィは賢いから、察してたのだろう。

そんな私の様子を「やっぱりそう」とソフィは見逃さない。 


「どうして嬉し涙を求めるの。ずっと気になっていた」

「あ、ははは、いやね、その……はい。明日じゃ駄目?」

「気になる。今教えてほしい。さもないと眠れない。明日のパレードは失敗する。私の名誉は地に落ちる。七賢人じゃなくなる。責任をとってもらう」

「豆腐メンタルかよ……」


脅しが過ぎる。ソフィは本気だ。はぐらかせそうにない。

もうこれ以上隠せないなと思った。


いや、いつかは言おうと思っていたのだ。

隠すつもりは最初からなかった。

でもそれは今のタイミングじゃないと思っていた。

少なくとも全部終わった後……明日のパレードを終えてからにしようと思ってたのだ。


でも、ソフィの視線は何だか真剣で。

何となく、今言うべきだと分かった。


「私はさ、あと一年で死ぬんだよ」


私が意を決して言うと、ソフィが目を見開き口をつぐんだ。

その表情は、寡黙な彼女にしてはあまりに雄弁だった。


「呪いで余命一年の宣告を受けてる。生きるためには、嬉し涙が必要なんだ」

「命の種を使って余命を伸ばす……?」

「さすが七賢人」


私が褒めても、ソフィは表情を変えない。

その視線は、憐憫れんびんとも、悲しみともとれる複雑な感情が混ざっているように感じられた。


「前に、ズベリーは魔法が好きって言った」

「うん」

「私は、私から色んな物を奪った魔法をゆるせない。それは、ズベリーも一緒。魔法がなければ、ズベリーは呪いを受けていない」

「うん」

「それでも、ズベリーは魔法が好きなの?」

「うん。好きだよ。魔法に感謝してる」

「感謝?」


私は微笑みを浮かべてうなずいた。


「魔法があったから出会えた人がたくさん居る。救えた人がたくさんいた。確かに、嬉し涙集めが行動のきっかけだったけど、それだけじゃない。私は、魔法を通じて誰かの力になれるのが嬉しい」

「私が魔法を消せば、ズベリーは死なずに済むかもしれない。それでも、ズベリーは魔法を消してほしくないの?」

「うん。そりゃ、死にたくはないけど。魔法がない世界なんてつまんないじゃん。ソフィも一緒でしょ? 私達は人生のほとんど全てを、魔法に捧げてきた。私はそれを失いたくないし、ソフィにも失ってほしくない」

「ズベリー……」

「私が頑張るのは、私の大好きな人達の為だよ。そして、魔法はそのために私に力を貸してくれる強力な味方なんだ」

「違う!」


ソフィはまるで子供の様に、何度も何度も首を振った。

顔をクシャクシャに歪めて、今まで見たこともない様な顔をして。

そんな彼女の表情を見るのは、今までで初めてだった。


それはまるで、今まで堪えてきた感情が爆発したかの様で。

今、ひょっとしたらソフィの中で、色んなことが思い起こされているのかもしれない。過去に失った記憶が。


「魔法は味方なんかじゃない。また私から奪おうとしてる。最初は家族、次は居場所、今度は友達を……」


力が抜けて地面に倒れ込みそうなソフィを、私はそっと抱きとめた。

その小さく華奢な体を抱きとめて、私は彼女が今まで色んなものをこの小さな体で受け止めてきたことに気がつく。


「私のこと友達って呼んでくれるんだ」

「友達でも部下でも召使いでも良い。いなくならないで、ズベリー」

「格下がってない?」


悲しんでるのに容赦のないあたりは相変わらずだ。だけど、今は何だかそのことが酷く嬉しくて、愛しかった。

私はゆっくりとソフィの頭に手を回すと、小さく「大丈夫、大丈夫」と繰り返し声を掛ける。


「私は死なない。またソフィと来年の異界祭りを回りたいから」

「私はそんなに暇じゃない」

「そこ否定する?」


無茶苦茶だ。

無茶苦茶だけど、嫌いじゃない。


「約束する。必ず生き抜くって」

「本当……?」

「うん。だって前に言ったでしょ。私の目標は、とりあえず生き抜くことだって」

「そんなのもう忘れた」

「もう少し人に興味持って?」


悲しみながらも減らず口を叩く姿は、どこにでもいるただの女の子で、とても世界的な有名人には見えない。

人は、誰だって弱さを抱えている。

それは、ソフィだって同じなんだ。


「ソフィにもう失う様な思いはさせないよ」

「約束する?」

「うん、約束。絶対に死ぬわけには行かないね、こりゃ」


私にまた一つ、生きる理由が出来た。

大切な友達との約束だ。

見上げた空には、燦然と輝く満天の星が浮かんでいた。

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