第13節 オレンジのマウンテンパーカーの大柄な男

女性の名前は、マリー。

彼女は昨年の異界祭りの日、ここで一人の男性に出会ったのだという。


「何だかふらつくわ。人混みに酔ったのかしら」


異界祭りの夜、人混みを抜けていた彼女は突如として急な体調不良に見舞われた。

座れる場所を探すも、人混みが激しくその様な場所は見当たらない。

すると、ふらつく彼女の体を一人の男性が支えたのだ。


「大丈夫ですか?」


オレンジ色のマウンテンパーカーを来て、フードを被った男性。

夜闇でその顔を見ることは出来なかったが、どっしりとした頼もしい体格をしていた。


「あぁ、ありがとうございます。少し目眩がしてしまって」

「近くにベンチがありましたから、ちょっと座ったほうが良い」


男の出で立ちに一瞬警戒した彼女だったが、その真摯な対応のお陰で、すぐにその気持ちは薄れた。

悪い人ではなさそうだ、と。


その時、二人が座ったのが、私たちのいるこのベンチだった。


男性はマリーさんを座らせると、近くでミネラルウォーターを買ってきてくれ、しばらく彼女に付き添っていてくれた。

座っていると、やがてマリーさんの目眩は治まり、軽い貧血なのだと気づく。

彼女と一緒にいる間、男性は風変わりな土地の話などでマリーさんを楽しませてくれたと言う。


見たことも無い世界の話、異国に存在する特有の景色、変わった風習、出会った人。

彼の不思議な話やその人柄に、すぐにマリーさんは惹かれた。


「あなたって素敵だわ。どこの国の出身なんですか?」

「僕は――」


その時、空に大きな花火が上がった。

祭典を彩る大きな炎の花。

その花が昇って大きく空を彩り、思わず二人は目を奪われる。


「綺麗ね……」

「良かった、今年も見れた」

?」

「この花火が好きで、毎年来ているんです」


しばらく二人で花火を眺めていたが、やがて彼は「もう行かないと」と静かに立ち上がる。


「あなたとの話が楽しくて、すっかり長居してしまった」

「あの、また会えますか?」

「ご縁があれば、また」


そして、ろくにお礼も出来ないまま、男性はマリーさんの前から姿を消した。




「へぇ、じゃあマリーさんはここでその人を待ってるんだ」

「ええ。ここにいれば、また彼と会えるんじゃないかなって」

「それ以来、その人とは?」

「一度も会えてないわ。旅人みたいだったから、どこかを放浪しているのかも。でも、この街の花火を楽しみにしているって言ってたから、異界祭りならまたこの街に来てくれるんじゃないかなって」

「なるほどねぇ。あ、でも、確か花火職人さん、昨年亡くなったって……」

「えっ……?」


マリーさんは一度大きく目を見開いたが、すぐに表情を正すと「そうなの……」と顔を伏せた。


「花火が上がっていたらいつか会えるかもって思っていたけれど……そうなのね。じゃあ、きっとご縁がなかったんだわ」


するとマリーさんは「私ももう行かないと」と立ち上がった。


「話、聞いてくれてありがとう。あなた達が居てくれたおかげで、少しだけ元気が出たわ」

「良いの? マリーさん、そんな簡単に諦めて。その人に惚れてたんでしょ?」

「分からないの。ただずっと、二人で過ごした時間が頭から離れなくて。でも、偶然出会っただけの人だったから、多分会えないだろうなって内心思ってたの」

「恋慕的なアレだよそれは。諦めちゃうなんて勿体ない。ねぇソフィ?」


私がソフィの方を見ると、ソフィは最後の串焼きを真顔で食しているところだった。

手元に食事はほぼ残っていない。


「あんた、お前、貴様ー! わしの分まで食らいつくしとるやないけ!」

「むぐ、もぐもぐもご、むぐぐぐ」

「口開かんかい! ディープキスでそのおぼこい口の中キレイキレイにしたるわい!」


ソフィの胸ぐらを掴んで振り回していると、クスクスとマリーさんが笑った。

その様子に、私達は顔を見合わせる。


「お嬢はん、見世物やありまへんでぇ」

「ふふ……ごめんなさい。やっぱりあなた達、とっても愉快だわ」

「ねぇ、マリーさん。明日もここに来ない? もし話の人が見つかったら、私が連れてきてあげるからさ。諦めるのはそれからでも遅くないよ、きっと」


するとマリーさんは「そうね」と笑みを浮かべた。

その笑顔はどこか寂しく、弱々しい。



「……いらんこと言っちゃったかねぇ」


マリーさんを見送ったあと、私が何となく呟くと、ソフィが首を振った。


「この街にさっきの話の人物がいるとは限らない。諦めさせた方が賢明」

「でも、毎年来てるみたいなこと言ってたじゃん」

「花火が好きなら情報くらいチェックする。今年の花火が上がらないのは、役所のホームページにも載せられてる公式情報」

「そりゃそうかも知れないけどさ……」


それでも、そこで諦めてしまうのは少し悲しいことのような気がした。

運命だどうだのと臭い台詞を言うつもりはないけれど。

祭りで少し話しただけの人を一年経っても待とうと思えるなんて、やっぱり特別なことだと私は思うのだ。


再びパレードの下見を開始した私達は、今度は街の出口の方へと足を運ぶ。

どう言ったルートでどの様な現象魔法を起こせばよいのかを考え、一番魔法が見える場所や、路の造り等の情報をソフィに共有するためだ。


「大きな出し物をする際は会場の情報を知る事が重要」

「へぇ」

「観客からどう見えてるのか、どうすれば見やすいのかを考えて魔法を構築する」

「ほぉ」

「……ズベリー、聞いてる?」

「ふぇ」


私の空返事にソフィは真顔で脇腹を突いてきた。突然のことに「うひぃ」と声が出る。


「さっきから何キョロキョロしてるの」

「いや、マリーさんの話の人が居るんじゃないかと思って」

「居たとしても同じ服を着てるとは限らない。マウンテンパーカーに大柄の男なんていくらでもいる」

「そりゃそうですけどね」

「無駄なことはやめるべき」

「無駄かどうかやらないと分かんないじゃん」


私が反論していると、突如としてソフィがピタリと足を止めた。


「どうしたの、急に」

「あれ……」


ソフィが指差した先。

そこに、大柄の、大きなバックパックを背負い、オレンジのマウンテンパーカーを着て、フードを頭まで被っている男が歩いていた。

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