第12節 陽の当たる小さなベンチで

異界祭りに包まれる地方都市ラピス。

祭りの開催と共に、すっかりと街も騒がしく、にぎやかになっていた。

街を見て回ると、旅行客の他に、明らかに人間ではない人も多数見受けられる。

毛が生えている人、尻尾や羽が生えている人、獣人間や悪魔、エルフにドワーフ、その他神話やおとぎ話に出てきそうな存在達。


彼らこそが、異界の住民と呼ばれた「奇妙な隣人」だ。


異界祭りの様に、大々的に世界と世界がつながることはそうない。

ゲートが生み出されると言うのは、それだけ稀有なことらしい。

故にこうしてゲートが生み出されると、多くの異界の住民が毎年遊びに来てくれる。


だからこそ、異界祭りは地方都市ラピスの『名物』と成り得る。


旅行客は歩く異界の住民たちを物珍しげに眺め、時にはスマホで一緒に撮影したりもしている。長年住んでいる街の住民たちはと言うと、異界の放浪者にはすっかり慣れっこらしく、仲良さげに話しかけている姿が見える。

こちら側にやって来れる異界の放浪者には気が良い人が多く、少なくとも邪心を持つ存在はこれない。それは、結界が機能している何よりの証拠だ。


「ソフィさんや、私にパレードの心得を教えてくれめんす」

「この祭りの屋台代全てと引き換え」

「なるほど」


そんな金はとても無い。

あとで市長に経費で請求しよう。


和気あいあいとした空気に満ち溢れるラピスの街を私達は歩く。

隣には、七賢人とバレないようメガネとニットで変装し魔法で髪の色を茶色く変化させたソフィもいた。


「すごい人だかりだね」

「珍しい?」

「そりゃ田舎町だからね。例年もそれなりに混むけど、これだけ人が集まるのは多分ソフィがイベントに参加したからだよ。この全員に、私達がパレードを見せるのか」

「ズベリー、何だか嬉しそう」

「そりゃあもう。それに、上手くやれば大量の嬉し涙が手に入るかもしれないんだし」


そう、感動出来るイベントを行えば、それだけ大量の人が涙する。

こんなチャンス、滅多にないではないか。

今回は更に七賢人であるソフィがいることもあり、鬼に金棒だ。


するとソフィは私の言葉を聞いて眉を潜めた。


「嬉し涙なんて集めてどうするの?」

「えっ?」


そう言えば、まだ呪いについてソフィに話していなかった。

放っておけばあと十ヶ月で、私の寿命が呪いで終わるということを。

これまで沢山の人に話してきたはずだ。

だから、口にすることなんて容易いはずなのに。


「えっと、それは……」


上手く言葉が出なかった。


「ズベリー」

「はいっ!」

「あの出店美味しそう」

「えっ? あ、串焼き……」


ソフィが急に話を変えるのでガックリと肩の力が抜ける。

その視線の先には、一軒の出店があった。

トルコ料理をモチーフにしたものらしい。

まるで匂いに誘われるように、ソフィがふらふらと出店に向かう。


「食べたい」

「買えばよいのでは?」

「お金がない」

「七賢人なのに」

「全部カードで管理している」

「ブルジョワめ……」


歩くソフィの背中を見ながら、私は思う。

言えない。

せっかく仲良くなったのに、自分が死ぬかもしれないなんて。

そんなことを言えば、ソフィを傷つけるような気がした。


何も言えないまま、二人で色々と出店を見て回り、すっかり話が流れてしまった。

パレードの下見と言う体裁だったが、私よりソフィの方がずっと楽しんでいる。

何せ両手に抱えきれないほどの食物を持ち、無機質な表情でハムスターの様に頬を膨らませているのだから。楽しんでいないと言う方が無理だ。


「ソフィはこう言うイベントはあんまり出ないの?」

「ふごふごご」

「食べてから話せ」

「……出ないわけじゃない。でも、ここまでゆっくり回るのは初めて」

「世界中の祭りを回ってるのに意外だね」

「私が回ると騒ぎになるし、一人で回っても退屈だったから」


そうか。

いままでソフィは七賢人として、こうした祭り事の主役だったんだ。

だから外を歩けば騒ぎになるし、一人だと勝手も分からず不安も大きかったのかもしれない。


「じゃあこうして一緒に回ってる私は、ソフィの初めての友達ってことになるのかな」

「友達の概念はよくわからないけど、ズベリーは助手」

「なるほど、戦争だな」

「それにしても、ちょっと疲れた」

「買った物食べたいし、どっかで休む?」


どこかにホテルあったっけ。

なぜホテルかって?

野暮なことは聞くもんじゃありませんぜ、先生。


馬鹿なことを考えてると不意にソフィが「こっち」私の手を引いて路地裏に入った。

まさかホテルに? 連れ込まれるのは私だった?

狼狽してると小さな広場へと辿り着いた。

建物の裏にちょうど休めそうな日当たりの良いベンチがあったのだ。こんな場所、私は知らない。


「この前偶然見つけた」

「私すらも知らない場所を見つけるとはやるじゃないか……」


辺りにほとんど人の気配は無い。

木製の長ベンチの端に女性が一人座っているだけだ。

スペースはあるから、頼めば座らせてくれるだろう。


「ここ良いですか?」

「ええ、どうぞ」


女性は快く笑みを浮かべる。

カーディガンを羽織った綺麗な人で、大人っぽい雰囲気の人だった。

束ねたブロンドの髪が太陽の光に照らされ、美しく輝いている。


そのまま私が女性の隣に腰掛け、その更に隣にソフィが座った。

必然的に、私がソフィと女性に挟まれる形となる。

そしてソフィは座った途端、ハムスターの様に買い込んでいた食物を食べだした。


「ソフィよ、もっとゆっくり食べるのだ」

「むぐむぐ、もごもご」


華奢な見た目と違ってかなり食い意地が張っている。

制御できない動物の様なソフィに私が頭を掻いていると、クスクスと女性が笑った。


「あなた達、仲いいのね」

「あ、すいません、騒がしくて」

「ううん。ほら、ここってうら寂しいでしょ? だからちょうど良かった」

「お姉さんはここで何を?」

「待ち人を探しているの」

「待ち人?」

「ええ……ちょうど一年前、ここで出会った人」

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