第14節 狼男と大捕物
あれかな?
あれじゃないか?
あれだろ。
私には確信めいたものがあった。
だが根拠はまるでない。
しかしながら、このタイミングであの“いかにも”な姿で出現されては確信するしかないではないか。
これは運命なのだと。
「追うよ、ソフィ!」
私は言うや否や、すぐさま人混みをかき分けて男を追った。
しかし、人通りが多く思ったように前に進めない。
このままでは見失ってしまう。
「ならば!」
私はすぐ横にあった塀の上にスルスルと昇り、その上に立った。
道行く人々が私に注目する中、私はオレンジパーカーの男を指差す。
「そこのオレンジのマウンテンパーカーの男! 待ちなさい!」
私が叫ぶと、男は一瞬ビクリと反応して私の方を見たあと、すぐに走り出した。
「あ! 待てコラ! 逃げるな!」
塀の上を全力ダッシュして男を追う。
バランス感覚はお手の物だ。そう簡単に逃しやしない。
塀の上を駆けていると、男はすぐに人混みをかき分け、人気の無い小路に入った。ここからだとあそこには入れない。
「逃すものか!」
私は指先に魔力を集めると、両足に魔法式を描き発動させる。
魔法の構造を頭の中で描き、それを簡易魔法式としてアウトプットし発動させたのだ。異界の門を開いてから、この魔法式の構築が出来るようになった。
発動させたのは、重力無視の魔法である。
両足が重力の縛りから解き放たれ、私が塀を蹴ってジャンプすると、まるで宇宙空間にいるかのように体がフワリと浮いた。
そのまま勢いを殺さず小路へ飛び込み、魔法を解除して着地する。
「待たんかい!」
男の背中が目の前に近づく。
必死に逃げるその姿を私は全速力で追った。
倒されたゴミ箱をヒョイと飛び、歩いていた猫も軽々とかわす。肉体派を舐めるな。
しかしながら、この先は確か大通りに続いていたはずだ。
大通りで人混みに紛れられたら、見つけるのは難しい。
このままだと逃げ切られてしまうかもしれない。
どうしたものかと考えていると、目の前に壁が見えてきた。
こんな場所に壁なんてあっただろうか?
私は首を捻ったが、男は気づく様子もなく、そのまま進行方向を変え、更なる裏通りへと足を踏み入れる。
その先は行き止まりだ。
私の予測通り、逃げ道を失った男はピタリと足を止めた。
私は息を切らしツバを垂らしながら、男を追い詰める。
「へ、へへ、ぐへふひひ、追い込んだぞい」
男は背中を壁へとつけた。
じわじわと男ににじり寄っていると「ズベリー」と背後から声をかけられ我に帰る。
「ソフィ、どこ行ってたのさ」
「道を回り込んで幻影魔法で壁を張ってた」
「なるほど」
「ズベリーが追いかけなければもっと自然に追い込めた」
「なるほど」
どうやら先ほどの見慣れぬ壁はソフィが張ったものらしい。
それにしてもいつの間に回り込んだのだろう。
七賢人はやることが違う。
私達を見た男は、でかい図体にふさわしくなくあからさまに怯えている。
「な、何なんだ君たちは」
「悪いようにはしませんぜ。ちょっと私達と一緒に来てもらうだけ」
「い、嫌だ……」
「ええい! 観念してもらおうか! その面見せんかい!」
男に飛びかかりフードを取る。
その瞬間、私とソフィは同時に言葉を失った。
「み、見ないでくれ!」
「あんた……」
フサフサの毛に、長く伸びた鼻先と、鋭い目。
男の正体は、狼男だった。
「隠してたんだ……。人に知られたくないから」
ようやく落ち着いたところで、路地裏に座る狼男はポソりポソりと語り出す。
彼が顔を隠していたのは、自分が異界の住人だと気づかれないためだった。
「この時期、異界の住人なんて街中に溢れてるんだから別に隠す必要ないじゃん。悪魔もエルフもリザードマンまで居るんだし」
「この街には小さい頃から来ていたんだ。その時、本物の狼と間違えられた事があって。それで、人を怖がらせないようにしてきた」
「だから私から逃げたの?」
「それは……君が血相変えて追いかけてくるから怖くなって」
「私が怖い……?」
私がソフィに目を向けると、彼女は静かにうなずく。
「獲物を狩る目をしていた。恐ろしい殺人鬼の目」
「慈愛と慈悲に満ち溢れた表情を浮かべていたつもりだったけど」
「しないほうが良い。二度と」
「めっちゃ言うやん……」
「それで、君達はどうして僕のことを追いかけてきたの?」
そうだった。
狼男だったことに衝撃を受けて、すっかり本題が頭から飛んでいた。
「実は、君のことを探している女性に頼まれてさ」
「僕を……?」
「と言っても確証は無いんだけど。去年の異界祭りで、一人女の人を助けなかった?」
「あっ……」
私の言葉に狼男は反応する。
私とソフィは顔を見合わせた。
どうやら当たりを引いたらしい。
「心当たり有るんだ?」
「去年の祭りの夜、体調が悪そうな人を助けたよ。一緒に話して、花火を見た」
「その人が、君を探してる」
「どうして僕を……?」
「決まってんじゃん。君にもう一度会いたいから、君のことが忘れられないからだよ」
「そうか、あの人が……」
狼男は一瞬だけ嬉しそうな顔を浮かべたが、やがて思考を振り払うように顔を振ると「出来ない」と静かに言った。
「彼女と会うことは出来ない」
「どうしてさ」
「会ったらきっとがっかりさせてしまう。もう一度会いたいと思っていたのが、人ではなくこんな醜い狼男なんだから」
「そんなこと……」
無いでしょ、とは言ってあげられなかった。
実際、こうした異形の人種を怖がる人というのも一定数いる。
「だから僕は会えないんだよ」
「でも、君はそれでいいの?」
「えっ……?」
「去年出会った女の人のこと、君も気になってたんじゃないの? さっき一瞬だけ、嬉しそうな顔したじゃん」
すると狼男は、少しだけ表情を陰らせた。
「そりゃあ、大人っぽくて、優しそうで、素敵な人だと思ったよ。もう一度話せるなら、話してみたいって思ってたさ」
「それなのにこのまま会わないまま諦めるの?」
「いいんだ、それで」
「ちっとも良くない!」
私は気がつけば叫んでいた。
狼男とソフィが、突然発狂した私を奇異の目で見つけてくる。
そんなことお構いなしに、私は彼に指を突きつけた。
「勝手に自己完結するな! どいつもこいつも、諦めるだの、ダメかもしれないだの、そう言うのは全部やってから結論を出すもんでしょ! 去年君は彼女に声を掛けた! 彼女はあなたとの時間を楽しいと思った! そして今年、また会えるチャンスが訪れてる! なのに何で臆するのか!」
「そう言っても……」
「分かった! じゃあ、こうしよう。私が彼女に君の正体を話す。それでも彼女がもう一度会いたいと願ってくれるなら、彼女と……マリーさんと会って」
「マリーさん?」
「彼女の名前」
「そうか、彼女はマリーって言うんだ……」
狼男は、何だか嬉しそうな、温かい表情を浮かべる。
何だかんだ言って、彼の中にマリーさんへの好意があるのは間違いない。
「今年花火が上がらないのは知ってるよね」
「ああ。職人さんが亡くなってしまったんだよね」
「うん。それでもこの街に来たのは、もう一度彼女に会いたいと思っているからじゃないの?」
すると彼はぎくりと体を反応させた。
どうやら図星だったらしい。
「答えは急がないから、もう少し考えてみてよ、狼男君」
「ウーフ」
「はい?」
「ウーフ・シンだよ。それが、僕の名前」
「ウーフ・シン。わかった。変な名前だね」
「酷いな」
「ズベリーも大概変な名前だよ」
「そりゃあんたがつけたあだ名でしょうが! ……話を戻す! とりあえず、ウーフ・シン君! まだ結論は出さないこと! 良い?」
「ああ、わかったよ」
するとウーフ君はどこか少年の様な笑みを浮かべた。さっきまでは落ち着いた老犬のようだったのに。
「君っていくつなの?」
「えっ僕かい? 二十五歳だけど」
「二十五歳……?」
仮に犬の年齢が二十歳だった場合、人間で言うところの百歳を超えるわけだが。
狼男は果たしてどうなのだろうか。
これがわからない。
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