第10節 笑顔
「ええ!? 魔術に失敗した!?」
「あはは、すんません」
私が頭を掻くと「メグちゃあん……」と市長のカーターさんは頭を抱える。
異界の開門が終わった後、私達は事情を説明するため市長室に来ていた。
向かい側には、市長のカーターさんが座っている。
「それで、魔術失敗の影響は?」
「大丈夫。特に問題はない」
ソフィは静かに頷いた。
「大きな事故が起こったこともあるとお聞きしていますが……」
「過去の異界事故は全部原因の発見や対処が遅れて起こった。数日間放置してたら分からないけど、二、三分くらいで影響はない」
「それなら良いですが……」
そこで私は何やら「うん?」と引っかかるものを覚えた。
「ソフィさん、それってまさか、私だけが勝手に焦ってたってことですか?」
「そうなる。そもそも、そんなに危険な魔術なら毎年公衆の面前で執り行ったりはしない」
「そりゃそうですけどね、言ってよ! 華の乙女が大衆の面前で鼻血出して、今なんかティッシュ鼻にぶち込んで台無しだよ!」
「面白い見せ物だった。みんなも喜んでた」
「見せ物じゃないよ! 猿じゃないんだから!」
「まぁまぁ、メグちゃん落ち着いて。私はお猿さん嫌いじゃないから」
「市長! それフォローになってないから!」
下らない言い合いをしたせいでなんだか疲れた。
私がため息をつくと、何だか体が異様にふらついて、思わず近くの棚に手を掛ける。
すると市長が心配そうに私を見てきた。
「大丈夫かい? 何だか調子が悪そうだけれど」
「ええ、まぁ。開門以降なんか調子悪いんすよ。力が入らないというか」
「あれだけ魔法を乱発したらそうなる。魔力と魔法式を体内で構築する方法は、慣れないと負担が大きい」
「そうなんだ。じゃあ後でレバーでも食べようかな」
「どうしてレバー?」
「血を作ったらどうにかなるかと思って」
「血液生成と魔力の因果関係は皆無」
「もっとひらがなで話して」
下らぬ話し合いをしていると、「でも」と市長は首を傾げた。
「七賢人のソフィさんがいるのに魔法を失敗するなんて、珍しいこともあるもんですねぇ」
「それは……」
「あぁ、私がミスったんです。すいません」
私が言うとソフィは驚いたように私を見てきた。
私は市長に気づかれないよう、こっそり彼女に目配せする。
ここは私に任せてくれ、と。
「メグちゃん、今回は良かったけれど、本当に大事故になるかもしれないし、何よりファウスト様の名前にも傷がつく。本当に気をつけてね」
「ふぁーい」
「今回のこと、ファウスト様には私から伝えておくから」
「ふぁ、ふぁい……」
大丈夫か、私。
全裸で鞭打たれて穴という穴に棒を突っ込まれて玄関の前に逆さ吊りされたりするのではないだろうか。いや、右手左足を切って動けないようにした挙句、その肉を使った人肉スープを食事に出されるかもしれない。
「あはは……死は救いなのかもしれない。全て万物は破壊されるために生まれたのであり、痛みや恥辱は宇宙レベルで見たら蚊に刺されたような物、そうアセンテッドマスターは示した。魂の片割れツインレイを探すために人は生きているのだと……」
「メグちゃん、大丈夫かい?」
「気がやられてる」
おぞましい未来を想定しながら「失礼します」と私達は部屋を出た。
肩を落としながら歩く私の数歩後ろを、ソフィがついてくる。
「ズベリー」
「はい?」
「なんで嘘ついたの?」
「嘘?」
「自分がミスしたって……」
「いや、私も事前に魔法陣の構築術式が違っていたのは気づいていましたから。違和感抱きつつ確認してなかった私も悪いですし。何より、見習い魔女の私がミスっても怒られるだけで済むけど、ソフィさんは違うでしょ」
七賢人のソフィが地方都市のイベントで大事故に繋がりかねないミスをした。
そんな話が万一にでも上がったら、それは大きなスキャンダルであり、ゴシップの格好の的だ。
場合によっては七賢人の立場を追われることになるかもしれないし、責任問題になる可能性もある。
「私は良いんですよ。ミスなんていつものことなんですから」
「でも……」
「この方が丸く収まるんですよ。見習い魔女のミスを七賢人がフォロー、事故を未然に防ぐってな感じで。それに……」
「それに?」
「この街を、ソフィさんにとって嫌な思い出のある街にして欲しくないですから」
「ズベリー……」
「さっ、それよりもう始まってますよ、お祭り」
私がソフィの手を取ると、ソフィはそっとその手を握り返してくる。
それはなんだか、初々しい恋人同士のように探り探りで。
「ぐふふ、美少女の手はこんなにも柔こいんですなぁ」
「放して」
「だが断る」
私が役所の入り口を開くと、ソフィはハッと目を見開いた。
沢山の人が騒ぎ、歩き、賑わうラピスの街。
色とりどりの旗が掛けられ、屋台の店が沢山並び、昨日とは打って変わったラピスの光景がそこにあったから。
「この光景を、ソフィさんが作り出したんですよ。沢山の人が賑わう、この光景を。と言っても、見慣れてるかもしれないですけど」
「……うん。でも、こうして改めて見るのは初めて」
街を見つめるソフィの顔は、何だか嬉しそうだ。
その瞳には、ひょっとしたらかつての故郷の光景が蘇っているのかもしれない。
「ねぇ、色々見て回りましょうよ。そうだ、ソフィさんは、なんか食べたいものとかあります?」
「ソフィ」
「えっ?」
「ソフィって呼んでほしい」
そう言ってソフィはそっとはにかんだ。
瞬間、私は息を飲む。
彼女の笑顔を見たのは、それが初めてで。
世界を魅了する魔女が見せたその笑顔に、思わず視線を奪われたから。
「可愛い顔しとりますなぁ……」
「ズベリー、おっさん臭い」
「誰がおっさんや」
すると今度はソフィが私の手を引く。
思わぬ行動に一瞬驚いたけれど、何だか私は、それが心から嬉しくて。
「行こう、ソフィ!」
その弾むような声は、青空の下に響いたのだった。
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