第9節 私が守るから

異界とつながるゲート


その先にあるのは、数千通りの世界だ。

私達にとって有益な世界もあれば、反対に害をなす世界もある。

異界との交流は世界を発展させ、文化を進化させる。

私達のいる長い長い歴史の中で、異界との交流により発達した文明は数多くあった。

それは技術をも発展させ、農業や工業、建築業なども飛躍させてくる。

反対に、私達が異界に技術を伝えることで相手の世界を発展させた事例もある。


双方にとって有益な世界とつなぐ。

それがゲートの役割。


一方で、長い歴史の中で甚大な被害を与えた世界も存在してきた。

黒血病やモネラ熱病などの新種の菌などは、数百年前の開門時にこの世界に流れ込んだと言われている。

何千万という人が死に、特効薬が開発されるまで五十年近くかかった。


凶悪な魔獣がやってきて、数百人を食い殺した挙げ句駆逐された例もある。

中には術式を構築した魔法使いを生き餌とした例も。


私達にとっての害を排除するために必要なのが結界構築式。

その最も重要な構築式を失敗して、ゲートだけがそこに存在している。


それはつまり、ここにいる全員に死ぬ可能性が生まれたということ。




ヤバいヤバいヤバい。

そんな言葉が脳内で響き渡る。


全身に脂汗が浮かび上がり、血流が目まぐるしく体内を巡るのがわかる。

何が起こったのかを正確につかみ取り、状況判断をせねばならない。

初期対応を失敗すれば、歴史に名を残す『血の日』が生まれる。


……やるしかない!


「ソフィ!」


私の叫び声に、停止しかかっていた思考が舞い戻って来たようにソフィはハッと私の方を向いた。


「結界術式を構築して! 私が時間を稼ぐから!」


ソフィが大型の結界術式をもう一度構築するまで、私が弱い結界を簡易的に貼り続ければどうにかなる。

地面に陣を描いていたら時間がかかりすぎる。速攻で魔法を発動させる必要があった。


私の頭にあったのは、先日のソフィとの会話だ。



――指先で魔法陣描くのってどうやってるんです?

――二つのセンテンスで良い。指先に魔力を集めて詠唱効果を付与。空間に魔力の流れを生みだして式を構築。これを最短で行うなら式の短縮作業も伴う。



私は指先に魔力を集め、頭の中で魔法陣の流れをイメージした。体の中で魔法陣を描いて、指先を出口として発動させる。そんなイメージ。

体の血の流れを操る感覚で、魔力を流し、式を体内構築し、指先で出口を生み最短で発動させる。

出来てるのかわからない。やるしかないのだ。


魔力を集めた人差し指を空中につけると、妙な感覚がした。空中にあるアクリルボードに指をつけるような感覚。そんな感覚は、生まれて初めてだった。


大丈夫、描ける……!


私が宙に文字を描くと、そこにサッと光が生まれた。

簡略化の術式を生み、発動させる。

するとそこに結界が構築されるのが分かった。


上手く行った……!


出来なかったことが出来るようになったのに、感動する間もない。

簡易結界は構築するのが簡単だけれど、効果が短く十秒も保たないからだ。

だから休む間もなく手を動かさないと間に合わない。


一つ、二つ、三つ。


指先で次々に魔法を生み出す。意識を集中し過ぎたのと緊張で気絶しそうになるのを何とか堪えた。

頭で処理することが多過ぎて鼻血が出てくる。

それでもお構いなしに私は魔術式を構築し続けた。

今頑張らなかったら一生後悔することになる。それが分かっていたから。


早く早く、もっと早くしないと。


速度がどんどん早くなるのがわかる。

それと同時に、自分が恐ろしい速度で体力を消耗していることにも気がついていた。

これだけ連続で魔法を使ったのは初めてだ。


「もっと早く、もっとはやく……」


徐々に意識が薄れる。

視界が端の方から暗闇に包まれ、思考が朦朧としてきた。

いまどれくらい時間が経ったんだろう。

私は、何回魔法を構築したんだろう……。


その時、誰かが私の手をつかんで、薄れかけていた意識が覚醒した。


「ズベリー、お疲れ」

「ソフィ……」

「もう大丈夫」


そう言われてみると、門の周囲にはしっかりと結界術式が貼られていた。

しっかりと展開されているだけでなく、術式強化までされているのがわかる。

術式の理論を再度組み立てて、そして改良したのだ。


「どれくらい経ったんだろう……?」

「二、三分くらい」

「たった二、三分?」


たったそれだけの時間で結界術式の修正と再構築、そして改善まで行ったのか。

ミスをしてもリカバリー力が半端ない。

さすがに稀代の天才と称されるだけある。


「やっぱり敵わないなぁ、七賢人には」

「ズベリー、鼻血出てる」

「あ、ホントだ」

「それから」

「はい?」

「ありがとう」


ソフィは私と目を合わさず、少しだけ頬を紅く染めてそう言った。


観客に私たちが頭を下げると、ワッと大きな拍手が上がる。

その観客に、慣れた様子で手を振るソフィは、やっぱり世界のアイドルで。

こんなに近くにいるのに、やっぱり遠い世界の人なのだと感じた。


こうして、異界祭りは始まったのだ。

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