第8節 開門

門を開く時が来た。

地方都市ラピスの中心にある大広場。

半径二十メートル四方に立てられた安全柵の中心に、私とソフィは立っていた。


メインの魔術式はソフィが、補助魔法術式は私が発動させ、開門と定着と安定化の作業を同時に執り行う。

お師匠様と執り行う時は、いつもお師匠様が一人でこなしていた。

今日の私は、その一部を担うことになる。


町中の人から柵の外から一目ソフィを見ようと集まっている。

例年よりずっと人が多い気がした。

これが七賢人ソフィ・ヘイターの見ている世界か。何となくそんなことを思う。


「それじゃあラズベリーさん、今年もよろしく頼みますね」

「任せてよ! 今年も大盛況すぎて逆に問題になってゴミ騒動や騒音問題のせいで立ち上がった対策会議によって市長さんが連日寝不足になる程度にはするから」

「もう少し抑えてもらって良いですか」


衆人環視の下、私は苦笑するラピス市長のカーターさんと握手をする。

この恰幅が良くてヒゲが生えたおじさんとも、随分な付き合いになる。


市長は私と握手した後、急に表情を変えると緊張した面持ちでソフィに手を差し出した。

ソフィはいつもの憮然とした表情で、市長の手を取る。


「そ、ソフィ・さんですね。お噂はかねがね」

「違う」


首を振るソフィに「へっ?」と市長は間抜けな声を出す。


「市長! ソフィ・だよ! ハイターって何だよ、洗剤じゃないんだから!」

「うひぃ、メグちゃんゴメンよ」

「謝る相手が違うでしょ! 後、公共の場ではラズベリーって呼びなさいよ!」

「ひぇぇえ……」


全然頭が回ってない。

派手な表舞台に立つソフィを前にして、市長と言えど緊張しているのだろう。

お師匠様も世界的な有名人だし、市長とは顔なじみだが、お師匠様はどちらかと言えば学者や権威者の方が近いから緊張の度合いが違うのかもしれない……なんてお師匠様に言ったら怒られそうだけれど。

とにかく、市長の田舎者っぷりは見ていられなくて思わずこちらの方が頭を抱えそうになる。


「ほら、用が済んだらさっさと帰る! 危ないよ!」

「ふぁ、ふぁい」


慌てふためく市長を帰らせ、ようやく一息。

私はソフィと目を合わせ、頷き合った。

いよいよだ。


「ズベリー、準備は良い?」

「もちのろん!」

「表現がおっさん」


ソフィはそう言いながら、第一魔術式を発動する。すると光量が落ち、昼間に関わらず周囲が薄暗くなるのがわかった。魔力反応だ。

広場の中心に時空の歪みが発生する。ソフィはそのまま第三魔術式までを発動。一気に入り口を広げ、異界へと繋いだ。


めちゃくちゃ早いがついていけない訳じゃない。お師匠様は七つの魔術式を一気に展開するからだ。そこに私の関与する余地はないが、今は違う。

初めて使う異界術式を発動させているソフィと、ずっとお師匠様のそばで魔術式を見てきた私。少しくらいは近づけるはず。


私も補助魔術式である第四、第五魔術式を展開し、広がった空間を安定、定着化させる。

ここまで来れば後は第六術式でゲートを錬成し、第七術式で結界を張って安全にするだけ。

第六術式を発動させゲートを構築するソフィを見つめていると、私は不意に気付いた。


ソフィが発案した第七術式に『歪み』が生じていることに。


「ソフィさん、待って!」

「……?」


その瞬間、第七術式は壊れた。


カッと、強い光が放たれたかと思うと、構築していた第七魔術式が消え、結界が完全消失したのだ。

物凄い反発が起こり、思わず私とソフィはその場に倒れ込む。


一瞬のことだった。


そこに、結界の貼られていないゲートが野ざらしになっていた。

呆然とする私たちをよそに、周囲の観客は術式が成功したのかどうか分からず、歓声を上げる。


この場のヤバさに気付いているのは、私たちだけだ。

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