第7節 祭り前夜

次の日から、私とソフィの共同作業が始まった。

ソフィが異界を開くための全七段階にも及ぶ魔術式を構築。

そして必要な資材を割り出し、町中から調達する。


毎年同じことをやっているのだが、魔術式を使い回すのは原則出来ない。

それは、街に流れる魔力の流れや環境が、少しずつ変化するからだ。

建物一つ変わるだけで、魔力の構築式は変化する。


異界に繋ぐ門を構築するのは、それだけデリケートな作業と言えた。


「メグー! 差し入れ持ってきたよ」

「おお、フィーネたそ! ありがとう」


スーパーで買ってきたらしいお茶やらパンやらを受け取り、私は親友に頭を下げる。


「聞いたよ、今回ファウスト様が腰痛めたって? 一人で大丈夫なの?」

「ふっふ、聞いて驚くことなかれ、超強力な助っ人がおるのじゃよ」

「助っ人?」

「ズベリー、銅はどこに置いたの?」


タイミングよく声をかけてきたソフィを見て、フィーネは目を丸くする。


「も、もしかしてあの七賢人のソフィ?」

「そう」


するとフィーネは「あぁ……」と声を出してよろめいた。

私はすかさずその肩を抱く。


「ヤバいメグ……私、漏らしそう」

「大丈夫? 飲もうか?」

「やめなさい」



そんなこんなで数日が経った。

第一術式、第二術式と構築してきた異界の開門魔術式もいよいよ大詰めだ。


ここ数日間、ソフィと共にいて分かった事があった。

それは、ソフィの魔法と学問の知識は本物だと言うこと。

そしてまた、そのソフィ以上に能力があるのが、永年の魔女ファウストと言うこと。


ソフィはその若さで七賢人になるのもうなずけるほど、手際と要領が良い。

だが、それでもお師匠様の実力の方が勝っていると感じる部分が多い。

自分がどれだけすごい人から教えを受けているのかを、改めて実感した。


最初は元気だった私達だが、さすがに第七術式構築の頃には疲労が重なっていた。

普段はあまり表情を見せないソフィの顔にも、疲労の色がにじみ出ている。


「今日から第七術式の構築に入る」

「うへぇ」


ソフィは時折指先で魔法陣を空中に構築しては、魔力反応をシミュレートしている。

そう言えば、以前会った七賢人の祈さんも、指先で魔法を描いていた。しかもかなりの規模の魔法術式を一瞬で、だ。

ソフィがやっているのは規模が小さいようだが、何か方法があるのだろうか。


「指先で魔法陣描くのってどうやってるんです?」

「二つのセンテンスで良い。指先に魔力を集めて詠唱効果を付与。空間に魔力の流れを生みだして式を構築。これを最短で行うなら式の短縮作業も伴う」

「なるほど全然わからん」


何度か試してみるも、上手くいかない。

指先に魔力を集めるという感覚が、まず理解できなかった。


「難しいですね」

「反復練習」

「うい」


後で家に帰ったら練習するか。

そう思っていると、ふとソフィが構築している魔法術式が目に入り、私は何か違和感を抱いた。


「ソフィさん、魔法術式変えました?」


私が訪ねると、ソフィは首をかしげる。


「何故」

「いや、なんか術式が往年の物と違う気がして。この辺りとか、異界との空間構築を安定させる術式ですよね。禁則事項と言うか、この術式と混ぜ合わせると反発しません? 矛盾が出ると言うか」

「むぅ……」


私の指摘に、ソフィは押し黙る。

毎年お師匠様の手伝いをしてきたからか、異界の開門術式に関してはいくつか仕組みを理解しているつもりだ。

だから、学術的な理解は伴わずとも、何となくどこが変なのかは分かる。


しかしソフィは首を振った。


「大丈夫、これで行ける」

「そうなんですか?」

「間違いない、保証する。命をかける」

「もっと大事にして」


世界的魔女が言うのだから、間違いないだろう。

少なくとも私よりは、ずっと深く学問と魔法術式に精通しているはずだ。


そうして第七術式の構築を終え、門を開く前夜となった。

すべての準備を終え、私達は家へと帰宅する。

あとは、明日九時の開門式を待つだけだ。


夕暮れが街を照らす中、歩いた先々で街の人に声を掛けられる。

その頃にはソフィが今年の異界祭りを執り行うことはすっかり広まっていて、街の人も彼女のことを受け入れているようだった。

ソフィも、わざわざ髪を染めて正体をごまかすようなことはしなくなっていた。


「へへっ、ソフィさんコロッケ買ってきましたよ」

「食べる」


二人でコロッケを食べながら街を歩く。

帰路へと着く会社員、買い物をする主婦、広場で長話をする老人、またねとお別れする子ども達。


いつもの光景だけれども、少しだけ違って見える。

すでに祭りの飾り付けが終わり、どこか浮足立った空気が流れているから。

すると頬をリスの様に膨らませたソフィが口を開く。


「ふぇふぉふぁふぇふぁふぇふ」

「食べてから話しなさい」

「人が多い」

「そりゃあまぁ、異界祭りの直前ですから」


一年に一度の異界との交流は、ラピスの祭りを発展させ、そして異界にも多くの恩恵を与えてきた。

この街の住民にとっても、年に一度の大祭なのだ。

故に旅行客もこの時期は増え、街は賑わう。


「どうっすか、祭りの前の田舎町」

「嫌いじゃない」

「そりゃ良かった」


人を眺めるソフィの顔は、どこかとても優しく、温かい。


「ソフィさん、やっぱ人が好きなんすね」

「やっぱりとは」

「人が嫌いなのかなって思ってたので」

「そんなことは誰も言ってない」

「でも、魔法を消したいんでしょ?」

「魔法は嫌い。でも、嫌いな魔法のお陰で、私は生きてる。魔法のお陰で、人に必要とされている」

「その魔法を失うことは、怖くありませんか。居場所がなくなるみたいで」


私が言うと、ソフィはじっと私の顔を見て来た。


「ファウストから何か聞いた?」

「まぁ、多少」

「おしゃべりだね」

「否定はしません。……ねぇ、ソフィさん。私は魔法が好きですよ。こういう異界祭りも、ソフィさんと知り合ったのも、街中の人が声かけてくれるのも、魔法がなければなかった。私と同じ様に、ソフィさんも魔法のお陰で手にしたもの、有るんじゃないですか」

「わからない」


ソフィは、ただ空を見上げる。

夕暮れに満ち、夜色が混ざる空には、すでに月が浮かんでいた。


「生まれた場所だけが、居場所じゃないですよ。寂しくなったら、いつでもうちに遊びに来てくださいよ。見物客も呼んで、たくさん金をふんだくりましょう」

「ズベリー」

「はい」

「あとでお前を殺す」

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