第6節 天才の過去
「魔法を消す……か」
自室のベッドに横たわって、私は天井を見上げた。
すぐ横でカーバンクルが私の顔を覗き込んでくる。
その頭を撫でてあげると、カーバンクルは気持ちよさそうに目を細めた。
ソフィは、魔法が自分の全てを奪ったと言っていた。
あれだけ世界で活躍して、沢山の人の羨望を集めているのに、奪われたと。
その言葉の真意は分からないけれど、理解できないわけじゃない。
魔法さえなければ、私の人生も変わっていたかもしれないからだ。
魔法がなければ私も呪いにかかることもなかったし、普通の学生をして楽していたかもしれない。
少なくとも、平穏無事で、命の危険にさらされる事のない、普通の暮らしをしていたはずだ。
でも、同時に思うのだ。
魔法がなければ、私はもっと孤独だったかもしれないと。
沢山の街の人と知り合うこともなければ、私に頭をこすりつけて甘えるカーバンクルや、窓辺から見つめてくるシロフクロウも傍にいなかっただろう。
少なくとも、魔女メグ・ラズベリーはこの世には存在しない。
すべての物事には、表と裏がある。
それはお師匠様から教わったことだ。
確かに魔法があることで、辛い想いをしたこともあった。
でも、一方で魔法があることで、私は沢山の物を得ている。
それはきっと、ソフィだって同じはずだ。
「あー、茶でも飲むか」
「キュイ」
肩にカーバンクルを乗せ、リビングでお湯を沸かしていると「あててて……」と弱々しい声を出しながらお師匠様が姿を見せた。
「お師匠様、もう立って大丈夫なんすか」
「何とかね……。お前の薬布が効いたんだろう」
「そりゃよかった。お茶飲みます?」
「もらうよ」
熱々の紅茶を飲み、二人してほぅと息を吐く。寒い冬には茶がうまい。昔から言われてんだね。
「ソフィはどうしたんだい」
「客間で寝てますよ。帰ってきてすぐに。ばったりと」
「疲れたんだろうね」
「お師匠様、ソフィは昔からああだったんですか?」
「どう言うことだい?」
「いっつもどこか寂しそうと言うか、孤独が巣食っているというか。魔法を嫌っているのと、関係しているようでしたけど」
私が言うと、お師匠様は「そうだね……」とどこか遠くを見つめた。
「初めて会った頃にはもう、人と関わろうとせず、一人で居ようとしていたね」
「ソフィは、魔法を消したいと言ってました。私は色んなものを持ち過ぎだって」
「そうか……あの子からすれば、お前はそう見えるのかもしれないね」
「どう言うことです?」
「メグ、ソフィがいくつで家を出たか知ってるかい?」
「七賢人になった時じゃないんですか? 十七でしょ?」
「五歳だよ」
「五歳!?」
「賢すぎたんだよ、あの子は誰よりもね。そして、誰もそんなあの子を受け入れようとしなかった」
北国で生まれたソフィは、生まれながらにして非常に強い魔力を持っており、そのせいで青い頭髪と青い瞳を持って生まれた。
生まれてきた我が子を見て、ソフィの親族は「悪魔の子が生まれた」と嘆いたと言う。
それでも両親は、彼女を愛そうとしたそうだ。
だが、彼らはすぐに我が子が普通の子供とは違うことを思い知らされることになる。
「パパ、ママ……」
ソフィが初めて言葉を口にしたのは、一歳の頃だった。
一般的な赤ん坊がようやく単語を口にするような時期に、ソフィは既に人と会話出来るまでになっていたのだ。
さらに二歳になる頃には既に文字や算数を理解するまでに至っていたと言う。
ただ、それだけではなかった。
「ねぇ、あそこに男の子が立ってるよ」
三歳に上がる頃、ソフィはそのようなことを口にするようになった。
何もない場所に、誰もいないはずのものを見る。両親は最初、それを子供のイタズラや嘘だと思った。
「ソフィ、ここにあるお皿持っていった?」
「さっき男の子が洗面所に持っていったよ」
「またそんなこと言って……」
その時、バリンと何かが割れる音がした。
母親が確かめに行くと、洗面台に割れた皿があったそうだ。
それは、つい先ほど母娘が話していたものだった。
そうしたことが重なり、徐々にソフィの両親はソフィのことを不気味がるようになった。
周囲の人間も、ソフィから距離を置くようになる。
一人ぼっちだったソフィは、その頃から魔法に興味を持つようになり、独学で魔法を学び出す。
幼いソフィからしたら、それは両親に気に入られたくてやっていたことなのかもしれない。
だが、魔法と言うものの認識が薄かった北国において、それは「悪魔の技だ」と恐れ、疎まれるようになった。
孤独で、見えない物を見て、人が理解出来ない力を使う。
それが、世界中の人間から称賛を浴びる天才の出生だった。
やがて彼女は魔法協会に見定められ、特別な教育を受けるための施設に入る。
彼女の両親はそれを、快く受け入れた。
その時、たまたま協会から依頼されて講師をしていたのがお師匠様だったそうだ。
「魔法は、ソフィの人生を変えてしまった。あの子は自分の一番得意なことで、一番大切な人から捨てられたのさ」
「そんな……」
「孤独なあの子にとって、お前は恵まれ過ぎているように見えたのかもしれないね。同じような境遇にあるのに、沢山の人が周りにいるお前が。ソフィに足りなかったのは、ただ魔法を受け入れると言う周囲の理解だけだったから」
「ソフィが魔法を憎んでいたのは、そのせいだったんですね」
私はずっと勘違いしていた。
ソフィは恵まれた家庭の子で、小さな頃から魔法の英才教育を受けていたと。
英才教育を受けた事は間違いないのだろうけれど、きっとソフィの中にはずっと葛藤があったに違いない。
大切な人が居なくなってしまったのは、魔法や魔力のせいだったのだから。
私の夢は、魔法をこの世から消す事。
ソフィは確かにそう言っていた。
魔法と言う概念そのものが消えてしまったら両親と普通に暮らせると、彼女は今もそう信じているのかもしれない。
ソフィがあの歳で世界を股にかける魔女になったのは、きっと執念だ。
何も持っていなかったソフィにとって、唯一残されたのが魔法だったから。
だから、ソフィはただひたすら、その技術を磨くしかなかったのだ。
何も持たないことが、魔法を研鑽する一番の方法。
確かにそれも一理あるかもしれない。
でも、本当にそうなのだろうか。
「一つだけ疑問があるんですけど、どうしてソフィは魔法嫌いなのに祭典や式典のパフォーマンスなんてやってんですか。あんなの、最も魔法を主張するようなもんじゃないですか」
するとお師匠様は、少しだけ寂しそうに「気付いてほしいんだろうね」と言った。
「あの子は独りだけれど、きっとどこか、まだ人を求める気持ちがある。だから、大勢の人に喜んでもらえる魔法を選んだんだ。いつかきっと、両親が認めてくれるかもしれないとね。あの子は、魔法で失った物を、魔法で取り戻そうとしてるんだよ」
「魔法で……」
憮然としていて、言葉足らずで、何を考えているのか分からない天才魔女。
彼女は、きっと必死だった……いや、今も必死に違いない。
「良いかい、メグ。あんたはソフィとは比べ物にならない馬鹿だし、恵まれたぬるま湯で育った甘ちゃんだ。騒がしいし、良いところは料理上手なところくらい」
「暴言が過ぎる」
「でも、あんたはソフィにはない物を持ってる。あんたなら、あの子の氷を溶かすことができるはずだ」
そう言って、お師匠様はにやりと笑った。
私はその顔を見て、思わずため息をつく。また無茶ぶりじゃないか。人の心を開くことなど、そう簡単にできるものか。
でも、少なくともこのままにしておくのは、なんだか嫌だった。
あれだけすごい魔法を使える人が、世界中の人から賞賛される彼女が、ずっと独りのままなのは、悲しいと思えたから。
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