第6節 運命

フレアばあさんが連れて来てくれたのは、自然公園の奥の方にある森の中。

街一番の大樹の前だった。


「はい、到着」

「とっておきの場所ってここだったんだ」

「そう。街の守り神様だよ」


フレアばあさんは大樹を見上げて嬉しそうに微笑む。


この場所には私も何度か来たことがあった。

毎年暖かくなると、ここには数多くの花が咲かせる。

その理由が、この大樹だ。


大樹が地脈に流れる魔力を安定させ、周囲の植物に力を与えている。

そのせいで、この自然公園には、毎年素晴らしい花が咲いた。

守り神、と言ったフレアばあさんの表現は、あながち間違いでもない。


「小さなころから、いつもこの樹と一緒に過ごしてきた。友達と遊んだ時間も、家族と過ごした時間も、メグちゃんとこうしてここにいる時間も。この樹はね、ずっと見守ってきてくれたの」


まるで旧友に語りかけるかのように愛しげに、フレアばあさんは大樹に触れた。


「ずっと一緒だったんだ」

「そう、小さな頃からずっとね」


私もフレアばあさんに倣って、そっと大樹に触れてみる。


「あ……」

「どうしたの?」

「ううん、何でもない」


樹に流れる魔力に少し乱れが出ている。

普通の植物が地脈から吸い上げる魔力の量より、随分と過剰だ。


こうなると、その植物はもう長くない。

力が飽和しすぎて枯れてしまうか、生態系を崩す前に伐採される可能性もある。


助からないことを、私はよくわかっていた。

毎日のように、植物に触れているからだ。

それは、運命のようなものなのかもしれない。


――運命っていうものがある。定めが来たから、死神をまとうんだ。


あぁ……一緒だ。

この樹も、フレアばあさんも。

もう、助けられない。

死神をまとうとは、多分……そう言うことなんだ。


私が出来ることは、何なのだろう。


「フレアばあさん」

「なあに?」

「もし、もしもだよ、明日世界が滅ぶとして、自分が死んじゃうとしたら、最後に何がやりたい?」

「あらあら、ずいぶん変わった質問ねえ。でも、そうね。最後なら、やっぱり家族と一緒に過ごしたいねえ」

「そっか……」




次の日の朝。


まだ陽も昇る前に目を覚ました私は、そっとフレアばあさんを起こさないようにベッドを抜け出る。

これくらいの早起きは、私にとっては日常だ。


服を着て家を出ると、刺すような冷たい空気が全身を包んだ。

吐いた息は白く、鼻先が冷えるのが分かる。

息を吸い込むと、体中に冷気が入り込んだ。


玄関の門柱の上で、シロフクロウが私を待っていた。

私はシロフクロウに、そっと頷く。

カーバンクルは家でフレアばあさんと眠っている。

今日はお留守番だ。


「行くよ」

「ホゥ」


私が手を伸ばすと、シロフクロウはその上に飛び乗って来る。

そっと頭を撫でてやると、気持ちよさそうにシロフクロウは目を細めた。

私はこの子に向かって、十二節の詠唱を開始する。


「我が眷属 呼び声に答え 内なる力を放ち 広く広く空の大海に舞え 我が願いは遥か彼方 その大地に誘う力を授けん 天空を舞う御使いとして 翼空を切り 風を運び 我が命をもって その役割を果たさん」


思い切り手を振りかざし、空に向けてシロフクロウを放つ。

それと同時に、私はダッシュして門柱を昇ると、その勢いを殺さずそのまま一気に空中へジャンプした。


「飛べ」


すると、宙へ舞う私をすくうように、大きな何かが私の身体をさらったのだ。


視界がどんどん高くなる。

先ほどとは比べ物にならないほどの風が、私の髪をかき分けた。

頬に冷気が押し寄せ、指先が冷えて行く。

それでも、私を包む羽毛が、寒さを緩和させてくれた。


私を乗せた巨大なシロフクロウが、空を昇っていた。


二、三人の人間なら軽く乗せられそうな、巨大なフクロウ。

それが、私を背中に乗せ、高く高く空を舞っていたのである。


魔女や魔法使いは、使い魔と特殊な契約で結ばれる。

契約を結ぶことで、主の魔法に使い魔は応えることが出来る。

私が唱えた呪文で、シロフクロウはその体格を十倍近くまで大きくしていた。


「行くよ、目指すは中央都市!」

「ホウ!」


目的地は知っている。事前に調べておいた。

フレアばあさんの家にあった、手紙の住所。

今もきっと、そこにいるはず。


空を抜け、天を駆け。

私達は、中央都市ロンドへと向かった。




まだ朝早く、道に人の気配はない。

シンと静まり返った静寂が、空気をより研ぎ澄ませている。

私達の目的地は、レンガ造りの一軒家。

赤い屋根の立派な家で、美しい装飾が成されていた。


コンコン、と私は窓をノックする。

しばらくすると、カーテンが揺れ動いて女の子が顔を出した。

見た感じ、五、六歳くらいの子だ。


女の子と目が合い、私は笑みを浮かべて手を振る。

すると彼女は、驚いたように目を丸くして窓を開いた。


「うわぁ! すごい! おっきい!」


彼女が驚くのも無理はない。

私は屋根よりも大きなシロフクロウの背中に乗っているのだから。


「おはよう娘さん」

「お姉ちゃん誰?」

「魔女だよ。あなたのおばあちゃんの友達のね。お父さんはいるかな?」

「うん、お母さんと一緒に寝てるよ。お父さん! 魔女のお姉ちゃんが来てるよ!」


女の子が奥に引っ込むと、やがて眠気眼の夫婦が奥からやってきた。

フレアばあさんの息子のエドと奥さんだ。

エドは、開かれた窓から差し込む冷気を寒そうに受け止めながら、私の姿を見て驚いたように口を開ける。


「メグじゃないか。どうしたんだこんな朝早くから」

「久しぶり。早速だけど、今日は会社を休んでもらう」

「えっ?」


キョトンとする父娘に、私はにっこりと微笑みかけた。


「会社、休めよ」

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