第5節 忘れるな、何度でもやってくる

「今年もかなり育ってんねぇ」


フレアばあさんの自宅の庭に私達は居た。

レンガ造りの菜園場では、今日も様々な植物たちが芽吹く。


寒くなってきている物の、この時期に開花する花は結構多い。

パンジーやビオラ、シャコバサボテンと言った花々が色とりどり並び、別の場所ではハーブも育てられていた。

これだけの植物達が干渉することなく、しっかりと育っている。

細やかな手入れと土の作りが良いのは、さすがフレアばあさんと言ったところだ。


「メグちゃんも気に入ったのがあればもらっていって頂戴ね。毎年たくさん種が取れるから」

「ふぅむ、我が帝国に新たな仲間を加えるのも悪くないな……」


フレアばあさんと過ごして三日目に入っていた。


お師匠様の仕事もせずに、フレアばあさんと畑をいじり、街を歩き、料理を作り、そして夜は寝る。

ただそれだけの生活だったが、どこか優しく、居心地が良かった。

それは時の流れが永遠であると、私に錯覚させる。


「あら、もうこんな時間。メグちゃん、お散歩に行きましょう」


畑をいじっていると、フレアばあさんは時計を見てそう言った。

午後二時。こんな時間に遊べるのは卒業が確定した学生か無職か老人くらいだ。

私は何だ? 私は魔女だ。そう、無職ではない。それはもう、誰がなんと言おうとそうなのである。


「散歩かぁ。毎日歩いてるみたいだけど、よく飽きないね」

「街が変わっていく様子や、植物達がすくすくと育っているのを見るとね、不思議と元気が出るの。私がこの歳になっても自分で歩けるのは、きっとそのお陰かしらね」

「ふーん、そんなもんかねぇ」


フレアばあさんに着いて街を歩く。

散歩のコースは日によって変えているらしく、今日はまた昨日とは違う場所へと向かっているようだった。

この先にあるのは街の北側にある自然公園だ。


私の足元をカーバンクルが走り回り、時折シロフクロウがその体を掴んでは宙に浮かせて遊んでいる。

空は晴れ、街はどこか空気が緩やかなのに、それでいて買い物に来た主婦たちで賑わっていた。


フレアばあさんの歩調に合わせて、ゆっくりゆっくりと歩む。

彼女の歩く速度は、命の速度にも思えた。

ゆっくりゆっくりと進み、やがて止まってしまう。

そんな考えが思い浮かび、私は首を振る。


「ここで休みましょう」


自然公園に入ったすぐそこにあるベンチで、フレアばあさんは声を掛けてくる。

今はあまり余計なことを考えないようにしよう。

二人してベンチに座ると、彼女は手に持っていた小さなカバンから包み紙を取り出した。何やら甘い香りがする。


「めっちゃ香ばしいですやん。それは?」

「クッキーよ。今朝メグちゃんが眠ってるうちに早起きして作っておいたの」

「皇室よりも潤沢な気遣い」


フレアばあさんが取り出したのはローズマリーを用いたハーブクッキーだった。

一枚手にとって口にすると、サクッと心地よい感触とともに、クッキーの甘味が口に広がる。

その後すぐにローズマリーの持つ独特の爽やかな後味が、口を洗っていった。


手作りクッキーなど口にしたのはいつ以来だろうか。

私が感動に打ち震えていると、更に横から湯気の立ったコップを渡された。


「クッキーにはやっぱり紅茶がないとねぇ」

「あなたが神か……」


口にした紅茶は香りが良く、体を深く深く温めてくれる。


平和だ。

フレアばあさんのことや、自分が呪いに掛かっていること、お師匠様と喧嘩していること。

こうしていると、全てが実はなかったのではないかと思いそうになる。


無論、そんなのはただの現実逃避でしか無いのだが。

この穏やかな時間が、ここ数日張り詰めていた私の気持ちをほぐしてくれるような気がした。

答えを出せないまま、色々グルグルと考え込んでしまっていて、自分でも気づかぬうちに精神的疲労を抱えていたのかもしれない。


「ねぇ、フレアばあさん、今からどこに――」


ふと彼女の方を振り向いて、絶句した。


そこに、闇があった。


違う。

これは黒霧だ。

人の死を告げる、黒い死神。

それが、以前とは比べ物にならない量で、フレアばあさんを包んでいる。


「フレアばあさん!」


私が大きな声を出すと、黒霧がサッと散り、フレアばあさんの穏やかな表情が顔を出した。

いつもと変わりない彼女の姿に、ホッとため息が出る。


「あら、ごめんなさいねぇ、眠っていたみたい。ほら、今日は温かいから。どうしたの? メグちゃん。何だか顔色が悪いわ。具合でも悪いの?」

「……えっ? いやぁ、んなわけないじゃん。世界が崩壊しても茶羽ゴキブリと私は生き残るよ。それより、フレアばあさん。最近体調に変化あったりとか、変わったことはない?」

「あら、急にどうしたの? そうねぇ、今日みたいに陽気な日は、不意に眠たくなってしまうことがあるわ。お日様が温かいから、心地よくてねぇ」

「そっか……」


その睡魔は、永遠の眠りへのいざないなのだろうか。

目の前で起きた現実が、平和ボケしていた私の頭を叩き起こす。

残された時間が短いことを、嫌でも実感させてくる。


私が考え込んでいると「行きましょう」とフレアばあさんは立ち上がった。


「私のとっておきの場所、メグちゃんにも見せてあげたくてねぇ」

「……うん、楽しみにしてる」

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