第4節 私がすべきこと

フレアばあさんと同じベッドに入る。

ソファで良いと言ったのだが、寒いから入るように言われたのだ。


おまけにカーバンクルまで潜り込んできたので、ベッドの中はぎゅうぎゅうの混雑状態である。入るのは良いが私のせいで圧死しても文句は受け付けないぞ。


窓際に立ったシロフクロウは、ホゥホゥとフクロウらしい鳴き声を出している。

何だかそれは、今日が一日の終わりであることを私に実感させた。


「メグちゃん。何してるの?」

「暖炉だと夜は冷えるっしょ? 魔法薬使えば部屋の温度をある程度保てるからさ」

「まぁ、すごい。そんなことも出来るのねぇ」


魔法薬を暖炉に撒いた私は、呪文を唱えそれをいぶす。

すると焼けた薬が気体となって広がり、部屋に広がる。

これで外気で室内が冷やされるのを防ぐのだ。


「ありがとう。おかげで今夜は暖かいわ」


ベッドに潜り込んだ私を、フレアばあさんはいつもの笑みで迎えてくれる。

何だかそれが心地よい。


「こうしてフレアばあさんの家に泊まったのはいつぶりだろ」

「まだメグちゃんが小さな時よ。あの時もファウスト様とケンカしてたねぇ」


私が小さな頃も、今日みたいにお師匠様とケンカして家出したことがあった。

一人で街中をトボトボと歩く私に声をかけてくれたのが、フレアばあさんだったのだ。

家に上げてもらって、シチューを食べて。

それから、花や園芸のことを聞きに度々ここへ来るようになった。


もう随分と昔のことなのに、まるで昨日のことのようにも感じる。

それは、きっとフレアばあさんが昔も今も、変わらないままでいてくれているからなのだろう。


「このベッド、花の香りがする。フレアばあさんの香りだ」

「あらあら、お花のお世話をしていたから、その匂いがついて来ちゃったのかしら」


何だか懐かしくて、心をそっとほぐされるような香り。

私はそっと息を吐いて、天井を見上げる。


見知った天井は古びていて、物悲しくも見えた。

それはたぶん、この家が広すぎるからだ。

家族で暮らしていた家は、老人一人が暮らすには物も部屋も多すぎた。


「この家ももう古いね。フレアばあさん、息子さんが独り立ちして何年だっけ」

「さてねぇ。もう随分と前だから」

「最近会ってる?」

「以前までは年末年始に会っていたのだけれど、ここ数年は忙しいみたいで全然だよ」

「そっか……」


カチカチと、時計の針の刻む音がする。

私は迷っていた。

フレアばあさんに、間もなく訪れるであろう死を告げるべきかどうか。

遠方にいる息子さんに、会いに行くべきだと伝えた方が良いのかもしれない。

……でも、ニコニコと笑うフレアばあさんを見ていると言えなかった。


人の死を告げるのが、怖いと思った。

一度“死”を告げたら最後、もう後には戻れない。



『あんた、死ぬよ。あと一年で』



不意に、お師匠様の言葉が浮かび上がる。

あの日、私の運命を変えた突然の死の宣告。

お師匠様は、それを私に告げるのに、どれだけ勇気を振り絞ったのだろうか。

それとも、千年生きた永年の魔女にとっては、弟子の死を告げることも苦ではないのだろうか。


「どうしたの? メグちゃん」


声をかけられる。

フレアばあさんが穏やかな顔で私を見つめていた。


「何か悩んでいるみたい」

「えっ? そ、ソンナコトナイアルヨー」


私がロボット中国人の様な口調で言うと、フレアばあさんは「そう」と静かに言った。


「私は、魔法のことはよくわからないけれど、聞き役くらいにはなれるから、いつでも話して頂戴ね」


そして、彼女は緩やかに笑みを浮かべるのだ。


「いつも笑顔のメグちゃんが好きよ」

「フレアばあさん……」


私はどうすれば良いんだろう。

残された時間を知って生きるべきなのか。

あるいは、それを知らぬまま死を迎えるべきなのか。


私は、彼女のために何が出来るだろう。

彼女には、あとどれくらいの時間が残されているんだろう。

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