第5話 異界の門が開く時 祭典の夜空に花は咲く
第1節 見習い魔女はバズりたい
すっかり寒い季節になった。
吐く息は白く染まり、布団から出るのが辛くなる時期。
私が住む地方都市ラピスでは、この時期特有の現象が生じる。
異界が開くのだ。
現界と異界が通じ合う時、異界の住民が多数こちらにやって来るようになる。
東洋では昔、鎖国という制度があったらしい。
国を閉ざした島国は、一部の場所でだけ、海外との交流を許したそうだ。
隔絶された世界が開くというのは、そう言った感覚に近いのかもしれない。
とにかくこの時期は、地方都市ラピスが最も栄える時期でもあった。
街が魔力で溢れ、そして異界の住民と街の住民が交流する。
そうした異文化交流は決してここ数年のものではなく、随分と昔から執り行われてきたものであるらしい。
七賢人の一人が管理するこの街だからこそ、行える祭りである
そして、当然ながら私とお師匠様も、異界の管理と、門の開閉を行うために非常に忙しくなるのだった。
「うーむ……」
私が首を捻っていると「うるさいよ、メグ」と横から声が飛んでくる。
「さっきからパソコンに向かって何唸ってんだい。遊んでる暇あったらさっさとメールの対応しちまいな」
今、我がファウスト家では魔女と使い魔総動員であれやこれやの大騒ぎだ。
使い魔達は異界祭りに必要な材料や資料集め、お師匠様は書類の事務作業、私はノートパソコンを使用した連日連夜のメール対応やお師匠様の魔術式構築のサポートに追われている。
異界との交流ならではの決まりや規則があり、それらへの質問の対応など、やることは山ほどある。
しかしながら、今の私はそれどころではなかった。
「お師匠様、見てくださいよこれ」
私が指を指すと、お師匠様は物珍しげにこちらに寄ってくる。
そこには女の子が一人、ネットニュースで取り上げられていた。
透き通るような青い髪をした、聡明な顔立ちの少女。
どこか憂いを帯びたその表情に漂う儚げな気配に、今世界が熱狂している。
「こりゃ七賢人のソフィかい?」
「はい」
七賢人の一人、祝福の魔女ソフィ。
なんと十七歳で七賢人の席をもぎ取った、紛うことなき正真正銘の天才である。
先日南欧で執り行われた祭典に呼ばれ、そこで見事なパレードを披露したらしい。
「これがどうしたってんだい」
「どうしたもこうしたもないでしょう! 私と同じ年で! 同じ魔女! 相手は世界から『姫』とまで呼ばれて、ネットでバズりまくってるのに! なぜ私は七賢人ではないのか! 答えてみよ!」
「そりゃお前に実力と知識がないからだろう。人徳もないし、おまけにソフィに比べたら美貌も足りないじゃないか」
「言うなぁ! それ以上言うなぁ!」
現実があまりにも辛すぎる。
モニターに映る美少女ソフィの姿は、かつて私が憧れた魔女の姿そのものだった。
片や田舎の魔女見習い。
片や世界が注目する七賢人。
ソフィが魔法を習い始めたのと、私が魔法を学び始めたのに、そう差は無いはずだ。
にも関わらず、一体何が私達をここまで開いてしまったのか。
私がモニターに向かってギリギリと歯ぎしりしていると、お師匠様は呆れたようにため息を吐いた。
「仕事をほっぽりだして何やってるのかと思いきや、ソフィに嫉妬してるなんてね。良いかい、人には違いってもんがあるんだ。得手不得手、出来ること出来ないことがある。人と自分を比べるんじゃない。お前は、お前がやるべきことをやっていれば良いんだ。そうすりゃいずれ伸びてくる」
「いずれ、ねぇ」
「あんたそんなことより、嬉し涙は集まったのかい」
「今、十一粒です……」
街で迷子の母親を探してあげたり、会社員の落とし物を探してあげたり。
私はほとんど魔法と関係ないことで、嬉し涙を獲得していた。
「人に嫉妬してる場合じゃないだろ。今のあんたはまず生き抜くことを考えな。さもないと、未来すら失っちまうんだから」
「わかってますよ……」
動画サイトでソフィの魔法を見る。
空に光の閃光が走り、幻影の鳥や星が瞬き、CGの様なきらびやかなエフェクトが流れていた。炎が緑に染まり、ライトが様々な色に変化を遂げる。
その現象の全てを、たった一人の魔女が魔法で操っていたのだ。
だから、どうしても思ってしまう。
私に彼女の様な技術があれば、嬉し涙なんて簡単に集められるんじゃないかと。
「わかったら荷物を運んどくれ。あと一週間しかないんだから」
「へーい」
心ここにあらずな私の空返事に、お師匠様は肩をすくめると歩いていった。
気にせずしばらくソフィの魔法動画を眺める。
閃光に照らされたその瞳は、透き通っていて吸い込まれそうだ。
しばらくして、ようやく自分の意識が飛んでいたことに気づいた。
そう言えば荷物運べとか言われてたんだった。
私がノートパソコンを閉じて立ち上がるのと、ボキッと言う不吉な音がしたのはほぼ同時だった。
使い魔の全員が私に目を向ける。
「えっ? 今の私?」
体を見渡すも特に異変はない。
その瞬間、世にもおぞましい女の悲鳴が聞こえてきた。
使い魔が怯えたように震え、逃げ出す。
私は意を決して声の方にそろりそろりと歩く。
使い魔たちが後ろの壁から顔をのぞかせて、様子を伺っているのがわかった。
ツバをゴクリと飲み込み、机からそろそろと顔を覗かせる。
誰か倒れている。これは……。
「何だ、お師匠様じゃん」
「何だとは何だい、この薄情者達め」
「あーあ、歳なのに無理すっから。歩けます?」
「無理そうだ。やっちまったね、あ痛たたた……」
お師匠様は苦痛に顔を歪めて腰に手を当てる。
その周囲にはダンボールと荷物が散乱していた。
どうやら自分で荷物を運ぼうとしたらしい。
肩を貸して、お師匠様をゆっくりと立ち上がらせる。
歩くのもキツそうだ。腰に刺激を与えないよう、ベッドへと向かう。
この時の私はまだ気づいていなかった。
今年の異界祭りの主賓が、今この瞬間、消えたことに。
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